真名川ダム 真那姫湖見学 その6

広場の端をぐるっと回って笹生川に面するエリアに来ました。
笹生川に架かる橋の向こうも中島公園の敷地です。

有料のテントサイトとバンガローのあるエリアの間に
綺麗に護岸され、砂防ダムが連なる沢があります。
この沢のもう一つ下流側の“こわぞ谷”で奥越豪雨の時に大規模な土砂崩れがありました。

鎌谷川が雲川に合流し、雲川と笹生川が合流して真名川になるこの場所。
3つの川が合流したこの地点のすぐ下流に土石流が流れ込み、川が堰きとめられてしまいました。
上流から水がどんどん押し寄せ
それは土石流に遮られて下流に流れる事ができず
あっという間にこの中島地区は浸水していったのです。
そして笹生川ダムがその能力の全てを使っても防ぎきれなかった水が
堤体越流してきました。
“マッチ箱みたいにコロコロ家が流れて”いったという大水害が起きたのです。
2年前にはこの村を未曽有の豪雪が襲い温見、熊河、の集落が既に人を失っていました。
38豪雪です。
この雪はこの村を隔絶し生活物資の供給を止め、2mを越える雪が家屋を破壊しました。
村は疲弊していました。
もともとこの村の主要産業は製炭や薬草、林業等で決して裕福ではなかったと言います。
その村を再び襲った災害。
西谷村の9割が被災したこの奥越豪雨。
こののちに真名川ダム建設の話が持ち上がり
同時に西谷村はそれを受け入れ廃村となりました。

整備された公園の木々。
美しい桜も木蓮もみんなこの公園が整備された時に植えられたものです。
この場所に人が暮らしていた時に生えていた木
その記憶を持っている木は公園の中には一本もありません。
散策を終えて管理棟に戻ったところ
管理人さんがご自身でとった写真として温見地区に立っているという
西谷村の離村のいわれを書いた看板の写真を見せてくれました。

この看板自体はいつもお世話になっている
廃村と過疎地、僻地のフィールドワークの第一人者である
HEYANEKO様のHEYANEKOのホームページの 自治体規模で消えた村 のページで
拝見していた物で見たことがありました。
撮影した日時を聞くと、この冬との事。
まだしっかり立っているようです。