真名川ダム 真那姫湖見学 その5


少し進むとこんな場所がありました。
中島公園のメインステージです。

U字溝がいくつかおいてあります芝生に直火をされるのを避けるために
ここで炭をおこして上に鉄板なり網なり串なりをおいて
調理ができるように用意されているものです。


反対側の広場からステージを見ると階段があってこんな感じに見えます。

ここで清掃や整備作業をしておられたおじさんがにっこり笑いかけてくださったので元気良く御挨拶。

「おはようございまーす」
「おはようございます」
「写真ですか。綺麗な写真、撮ってくださいね」

「は〜い。頑張って綺麗に撮ります」
「こんなお天気だとだめかな?晴れてた方がいいんでしょ」
「いやーあんまり晴れてても木の綺麗な色が飛んじゃうんで私はこの位が好きです」

「もう少し前だったら桜が綺麗だったんだけどね」
「少し残ってますよね。あの桜、とっても綺麗でした」
「何かの取材?」
「いや取材というか、この7月に真名川ダムで森と湖に親しむ旬間の
全国大会という大きなイベントがあるんです。
そのイベントをたくさんの方に知っていただくためにこの場所の事を紹介しようと思って」

「へぇ〜」

しばしサマーフェスタと真名川ダムミッションの説明をさせて頂きました。

「それでこの場所は色々歴史もあるしいっぱい調べたい事があるんです」
「そうですか〜。昔ね、あそこの山が崩れて偉い事になったんだよ」
「どれですか」
「あの谷になってるとこが崩れて川を塞いでしまってね。
ダムからも水がどっと来てもう大変な事になってね〜」
「ダ、ダムっ? それって笹生川ダムからの水ですか」
「そうそう」
「奥越豪雨の事ですか?」
「そうそう。それで皆、今あそこの梅の木が生えてるあたりにお寺があったんでそこに避難したの」
「西谷村の方なんですか??」
「うん。わしはその時は大野に勤めに出とったから水害には逢うとらへんけど」
「上からどんどん水が来るんでもう家なんかマッチ箱みたいにコロコロ流れていって大変やったわ」


なんと、お二人は、この場所で奥越豪雨に実際に遭遇、被災された方と
中島地区でお住まいだった方だったのです。

あまりこういう事はしないのですがたくさん貴重なお話を聞かせて頂き
感激して記念写真を一緒に撮ってもらいました。

サマーフェスタでまたお会いしましょうと御挨拶の後、お二人は作業に戻られました。
私は散策を続けます。


中島公園で一番広いこの広場は昔、小中学校があったのだそうです。


手入れされた芝生は雪解けとともに新しい緑を盛り返し
タンポポとムラサキゴケの花が群落をつくりとても優しく美しい風景です。


公園からの出口のR157に繋がるこの橋も被災した橋です。
雲川に架かっている雲川橋です。
親柱の文字はもう長年の風雪に痛めつけられ判読できなくなっていました。

欄干は被災後に換えられたそうですが
橋脚と桁は当時のまま残っているそうです。