面谷鉱山見学 その5
銅山と精錬所、煙害、樹木の伐採、この単語で思い浮かべるのは
どうしても足尾です。
でも、精錬の煙害は明治時代の鉱業においては付物でした。
各鉱山の経営母体は足尾鉱毒事件以後、全国的に広がった鉱害に対する
反対運動に対応することを迫られました。
6大鉱山鉱毒・煙害事件というのがあります。
足尾銅山鉱毒事件
別子銅山煙害事件
生野鉱山鉱害事件
神岡鉱山のイタイイタイ病
日立鉱山煙害事件
小坂鉱山煙害事件
現在の財閥は皆この時期にそれぞれ、巨大な鉱山を有していた
ために形成可能だったものです。
足尾銅山の古河
別子銅山の住友
佐渡金山と生野銀山の三菱
神岡鉱山の三井
日立鉱山の日立・日産
小坂鉱山の藤田
明治時代に日本の主力産業であった鉱山事業。
それは財閥を作り、それぞれの財閥が責めを負う鉱害をもたらしました。
どの財閥もこれらについて保証を行なっているのです。
鉱害を起こさなかった財閥など無いのです。
足尾銅山はあまりにも有名ですが他の財閥だって同じ事をしていました。
それは大規模な採掘が始まった事に対して明治時代の技術水準では
仕方なかったのかもしれませんが...。
「金属工業の技術と公害」 畑 明朗 著 アグネ技術センター発行 4500円(泣)
という本が大変詳しいです。参考にさせていただきました。
崩れるに任せられた捨てられた土地の遺構。
ここにも煙害で問題があった事が和泉村史に書かれていました。
でも足尾では山を復活させようという努力が実行されていました。
植樹と護岸、砂防と山壁補修。少しずつ緑が戻って来たという山の姿を
私は足尾で見てきました。
ここは樹を植えようという試みがなされていません。
80年前に捨てられた土地。ここから流れ出す土砂。崩れる山。
下流の九頭竜ダムへの影響を減らそうとしての砂防ダムの建設はあっても
植樹をしようという働きが無いのです。
ただ、予算の問題なのでしょうか。
あまりにも急峻な山で手がつけられないのでしょうか。
多くの人が顧みない土地だからでしょうか。
鉱石の出ない山はただの山ですか。
崩れていっても良いんですか。
死んだ鉱山には誰も目を向けてくれないんですか。
砂防ダム建設のためにでしょうか。最近用意されたであろう建設用の
土砂が綺麗な山を作って鎮座していました。