明延鉱山 錫の行方 その3

錫の塊を頂いてからペーパーウェイトにして愛でていました。
錫はとにかく抜群の熱伝導の良さと人体に無害である事が売りの金属です。
なので酒器として出回ることが多いのです。
頂いた錫の塊はコップか何かにしてもらうには量が少ないです。
しかし酒を飲まない自分には杯にしてもらっても結局使うことが出来ません。
ただ塊で持っていても良いのですが何かに出来ないものかと思っていました。



2005年の8月に大阪の阪神百貨店で伝統工芸品の実演展示販売会が催されました。
7月に阪急百貨店で同じような催しがあった時に
銅製品の伝統工芸士の方に錫の塊をどうにかできないかと相談したところ
“来月阪神に錫の人が来るからそっちで相談したらええ”と言われたのです。
阪神百貨店でのイベント最終日、イベント終了時刻ぎりぎりに錫のコーナーに辿り着きました。



「すいません。錫の加工の事でご相談したいのですが!」

店じまい寸前の所に突然、飛び込んできた不審な客。

「どんなの?」
「これなんです。これ、国産の錫なんです。兵庫県の明延の最後の錫なんです」
「明延の?」

国産最後の錫と叫んだ私の周りに来ておられた方が興味深そうに視線を投げてこられました。
錫の専門の方々です。明延鉱山が閉山して18年目。
この方々が明延をご存じないはずがありません。

「これほんまに明延の錫?コレクションものやね」
「明延鉱山で労働組合長をしておられた方から頂いたんです」
「 ...閉山の後で工芸品作ろうとしてはったときのやろ?」
「そうです!それです」
「俺、その時、技術指導で明延にいっとったんや」
「え゛!!」

「あの時の錫か...。夢壊して悪いけど、多分これ、純国産やないで」
「国産じゃない?」
「閉山の後にあそこで錫工芸やろうと思って用意した錫は池田メタルの提供した奴で明延のやなかったと思う」
「そうなんですかー」
「ほんまの明延の錫やったらうちには在るけど、もう手に入らへんほんまに希少品やし
それを使って何か作るということは考えられへんね」
「それでもいいです。これで何か普段使えるものを造れないかと思っているんですが。
私、お酒飲まないんで...ティーカップとか無理ですよね」

「熱ぅて口つけられへんがな!」
「あ、そですね。錫ですもんね。わはは」
「やっぱり酒器とか冷たいもの入れるグラスがええけど量がたらへんなぁ」
「足す事は出来ます?」
「あの時の錫やったら、うちで扱こうとる電塊とアンチモンの含有が違うねん」
「う〜ん。何がいいか考えてみます。」
「そないしとき。決まったらメールでもくれたらええわ」

という事で伝統工芸士の方に相談に乗って頂ける事になりました。


さらに翌月、インテックス大阪でイベントがあった時にもう一度お会いしに行って
頂いた錫の特性をお聞きしました。
そこで錫塊をお預けしてデザインを決める事になりました。


思案した末、ペンダントのパーツを作って貰おうと決めました。
モデルになるペンダントの写真を撮ってメールしましたがお忙しいらしくお返事が中々来ませんでした。
もしかしてメールアドレス間違えたのかもと心配になり、大阪に出た時にふと思い立ち会社に突撃してしまいました。

伝統工芸士の方の会社は大阪の東住吉区田辺にある『大阪錫器 株式会社』です。

「すいません。以前、明延の錫をお預けしていた者なんですが..」

と、受付でお話ししたところ、丁度、運良く会社にいらっしゃった伝統工芸士の方が出てきてくださったのです。

「8週間休み無しや〜。ごめんな。メールちゃんと着いとったんやけど返事でけへんで」
「すいません。お仕事お忙しいのわかってたんですが...(汗)」
「ほんで写真見たけどあれはあかんで。あの重さで首に下げたら重ぅて首折れてまうで」
「あ、あきませんか」
「中を空洞にしたらいけると思うけどな。あれ一個の為に型から作ったら
物凄い値段になるからちょっと考えてみたんやけどな...」

と、とっても気さくにどんな風に作るのか教えてくださいました。

「この12月にうちの感謝祭やるからその時にでも時間とって造ろうと思うてんねん」
「もし休みが取れたら見に来て良いですか?」
「インテックスでもやっとったみたいに錫工芸体験できるようにしとるから自分も造ってみたらええねん」
「わぁ!そしたらその時は軍手と汚れてもいい服を用意してきたら良いですかっ」
「・・・鋳造やる気なんかっ!あかんあかん。鋳造は危のうてやらせられへんて(笑)」

毎度毎度とんでもない事を言い出す奴でした。

「そや。明延の錫、見たいっていうとったやろ」
「はいっ!見せていただけるんですかっ」

「これやけどな...」


ごとん と床に置かれたインゴット。


三菱の御紋がはいっております。

「閉山の時に8tあったはずや。まだ三菱が生野にもっとるんとちゃうかな。流通はせんと思うけど」

明延の錫
国産の錫
純度99.9%の電塊

錫だけで作られる贅沢な品物に変わるのはごく一部でその殆どは工業製品として出回っていました。
だから国産の錫だけでできている製品というものは本当に貴重です。

自分が明延でもらった錫はどうやら純度97%くらいの電塊には使えない物のようでしたが
それでも明延に縁の錫である事は間違いないので満足です。
しかもそれをアクセサリーの形にしていただける事になったのです。
明延の閉山の時を御存知の方に、現場に関わった方にそれをして頂けるなんて感慨無量です。