湯西川ダム 見学 その4

平成27年9月関東・東北豪雨の時の鬼怒川上流4ダムの活躍は
直後からしっかり勉強したいと思っていましたが
近畿在住の自分にとって奥鬼怒は遠くて中々来ることができませんでした。


2015年の日本ダムアワードで洪水調節賞にノミネートされ
2015年のダム大賞を受賞した鬼怒川上流4ダム
五十里・川俣・川治・湯西川
その仕事っぷりをきっちりまとめてくれたダム仲間の星野様の発表は素晴らしいものでした。
しかし持ち時間7分というあまりにも短い時間で4基のダムの活躍を一つずつ丁寧に説明するのには
時間が足りない。全然足りない。
スライドを作る時にとにかく削って削ってこれでもかと情報をまとめて行く過程で
色々エピソードを盛り込みたいと思っても時間制限の壁に
泣く泣く削った個所も多かったと聞いていました。

2016年2月にダム工学会による語りべの会が開催された時に
インフルエンザに倒れた星野様は「代打を頼みます〜…」と
高熱に苦しみながらお電話を下さったのですが
その時にも「湯西川の活躍をお願いします」と仰いました。
自分もやっぱり湯西川ダムのことが一番に頭に浮かんでいました。
皆、湯西川ダムが正しく評価されてほしいという気持ちでいっぱいだったのだと思います。
語りべの会で鬼怒川ダム統合管理事務所の所長様とも短い時間でしたがお話しさせて頂き
平成27年9月関東・東北豪雨でのダムの操作についてアウトラインをお聞きすることができました。


鬼怒川上流4ダムのハイドログラフを見る時に
湯西川ダムと五十里ダム、川治ダムと川俣ダムはそれぞれペアで見るとその操作がよく理解できるそうです。


鬼怒川上流4ダムこと
五十里ダム、川俣ダム、川治ダム、湯西川ダム。

川俣ダムと川治ダムは鬼怒川本川
湯西川ダムと五十里ダムは鬼怒川の支川、男鹿川にあります。
なのでペアで見るとハイドログラフがよくわかる。

4基は下流の宇都宮市にある鬼怒川の基準点石井において
基本高水流量8800m3/sのうち3400m3/カットして5400sm3/sにする操作を行います。

湯西川ダムだけは自然調節方式ですが
五十里、川治、川俣ダムは一定量調節方式です。


平成27年関東・東北豪雨には二つの台風が関わっています。
T1518とT1517です。


9月8日21:00

先に発生していたT1517は洋上で遠い位置に
T1518は直撃コースで北上していました。


9月9日21:00

T1518は日本海側に抜けてしまいましたが
T1517は高気圧に北上を阻まれて動きが遅い。


9月9日23:20の高解像度降水ナウキャストです。
二つの台風の間でなぜここだけに…というとてつもない雨が
鬼怒川流域の上に覆いかぶさっていました。

この台風の間で生じたのが関東・東北豪雨を引き起こした
線状降水帯でした。


特別警報が発令されたのが10日00:20。


9月10日00:26の川の防災情報・関東地方です。


9月9日から10日にかけて動かない雨域の下
豪雨と戦い鬼怒川上流4ダムは本則操作通りに洪水をカットし続けます。

赤枠↑は特別警報が出た10日00:20
紫枠↑は鬼怒川の若宮戸地先で溢水が発生した10日06:30
黒枠↑は常総市三坂町地先で堤防が決壊した10日12:50
を示しています。


9月10日の朝のNHKニュース。
鬼怒川で堤防からの溢水が報じられます。


こちらは川の防災情報の画面です。
9月10日06:30に溢水の発生が発表されてました。
(速報で川の防災情報では越水という記載になっています)


9月10日の朝のNHKニュース。
鬼怒川温泉郷の様子が写っていました。


映像の時間をみると午前7時ごろとなっています。
川岸に立ち並ぶホテル群のすぐ下まで水位が上がっています。


下流の小山市の思川の様子です。
時刻は画面に表記の通りで10日の07:02のライブ映像。


JR宇都宮駅の北西、田川の上にかかる上河原通りの幸橋付近のライブ映像です。
宇都宮市街地中心を流れるのは鬼怒川の支川、田川です。

空を見て、ダムの貯水容量を見て
そして大変な水位になっている下流を見て
決断されたのが“洪水に達しない流水の調節”でした。

幸い、川俣ダムは9日の夜で洪水調節を終了したため
空き容量が約2000万m3以上ありました。

川俣ダムは洪水調節終了後、しばらく水位維持操作を行っていましたが
10日の00:45から放流量を段階的に削減し
最終的には10m3/sまで絞り貯留に努めました。

この操作は洪水調節後の操作であり
『洪水に達しない流水の貯留(調節)』となります。

五十里ダムや川治ダムでも洪水調節後の空き容量を活用し
同様に『洪水に達しない流水の貯留(調節)』を実施して
下流河川の負担軽減に努めました。


五十里ダムのハイドログラフです。

五十里ダムは一定量調節方式。
ハイドログラフを見てもピークカットを頑張っていることが見て取れます。
しかし本来ならばピークカット後は後期放流でダム湖貯水位を下げなくてはならないのに
更にカットをしています。

これが“洪水に達しない流水の貯留(調節)”です。
上のハイドログラフで薄い黄色に塗られている部分です。


左が川治ダム、右が川俣ダムのハイドログラフです。
いずれも薄い黄色に塗られた部分で“洪水に達しない流水の貯留(調節)”が行われました。


湯西川ダムのハイドログラフです。

どれだけ頑張ったんだ。
限界の洪水時最高水位まで3m切ってます。
これだけ洪水をカットしているのに役に立たなかったなんて言われるなんて…
湯西川がかわいそう過ぎる!!

ゲートレスダムですから五十里ダムや川治ダム、川俣ダムのように
洪水調節用の鋼製ゲートを装備していません。
薄く黄色に塗られた部分がハイドログラフにありません。

まさか・・・
だから勘違いが起きたのか?


これは2016年1月にwebに上がっていた新聞記事の一部分です。
流域にお住まいの方には湯西川ダムに治水効果がないと
認識しておられる方がいるということが分かりました。

何故、こんなにも効果を出していたにもかかわらず
こんな風に思ってしまう人がいるのでしょうか。

も・・もしかして
『ゲートレスダム』だからってことなんじゃないだろうか
ゲートレスダムは洪水調節にダムが人の手を借りずに
いわば自動で洪水調節を行ってくれる仕組みなわけだけど
それを「人による操作がない=洪水調節をしていない」と勘違いしたんじゃないのか…

他の3ダムは“洪水に達しない流水の貯留(調節)”を実施したことが
ハイドログラフから分かりやすく読みとれるけど
湯西川は自然調節方式でダムにお任せだから
“洪水に達しない流水の貯留(調節)”をしていないと思い込んだ人がいた?
まさかそんな単純な見方で役に立たないとか思っている人が出たとか…?


湯西川ダムのハイドログラフで降雨がピークを迎えたころの拡大図です。
赤線で示されているようにぐんぐんダム湖への流入量が増えていきますが
青線で示されているように放流量は自然なカーブでゆっくり上昇していきます。
その差分は全部ダム湖に貯留されていきます。

簡単に言うとダム湖貯水位が上がっているのがカットの証拠です。
カットされていなければダム湖貯水位が上がっていくわけありませんから。
放流量より水位に注目してほしい。

常用洪水吐のオリフィスの吐口の大きさはコンクリートなので変化しません。
出る量は水位によってどれだけ出るかがきちんと計算、把握されています。

洪水調節は完璧に行われているのです。

“洪水に達しない流水の貯留(調節)”の部分を洪水調節だと思っている人がいるのなら
大変な誤解なのでダムの仕事についてもっと分かってもらう必要があると感じて
ちょっと背筋が寒くなりました。

ダムは本則操作で洪水調節(防災操作)を行うのが大原則。
近年、淀川水系で台風襲来時に神業操作が展開されていますが
あれはすべて平時にどこまでなら可能か
ダムの限界までシミュレーションをして計算された範囲で行われている高度なオペレーションです。
参考資料pdf→「既設ダム有効活用に向けたただし書き操作」