大谷溜池 その4

企業所有の灌漑・水道水源!
一体どういう経過でこんな数奇な運命のダムが生まれたのか。

第一次世界大戦と第二次世界大戦の間ならではの
企業の考え方なのか…。

とにかくこれは文献を調べるしかない
と、向かったのはいつものように国会図書館・関西館。

現地入りするからには
dashelo様からお聞きした情報を補完する
文献データがないか徹底的に探さなくては。

ちまちま ちまちま
ひたすら古い土木関係の文献を調べていて…
見つかりました。


昭和12年の「土木工學」にばっちり載っていたのです。

『山口縣 下松町地内 灌漑用 大谷溜池 工事』

間違いない。
灌漑用で造られたダムでした。
工業用水ではありません。


“集水区域は面積僅に75ヘクタールである”
という記述があります。
大谷溜池のある大谷川の集水域はこのくらいと思われます。


堤体のスペックはこれ。
堤高、堤頂長、堤体積ではない面白い書き方。
標準断面での数値を記してくださっています。 

堤高は“中心最大直高”ですね。 27.3mです。

“滿水面上餘裕”という書き方は面白いなと思います。
これに最大水深を足すと堤高になるので
クレスト越流部標高から天端までの距離を示していると思われます。

昭和10年に内務省令としてだされた『河川堰堤規則』では
諸元のところでこういう書式がありました。

敷幅は堤敷ですから今でも通じる言い方です。

ただ、突然聞きなれない単語が出てきました。
「床及袖掘深」
一体これは何なのか。

しかも「7.3〜21.8m」って一体どこをどう掘ったんだ?
堤高27.3mのダムなのに。

疑問が片付かないまま
次のページを見て、うひゃーっ!!と叫びそうになりました。


その叫びそうになった標準断面図です
これがもう凄ごすぎ…

見た瞬間に総毛立ち
複写申し込みをしている間も挙動不審になるくらい
そわそわがとまらない。


まず気になったのは下流下がりのダムサイト。
フラットにしていないことに、なんて強気なんだ!!
と少なからずドキドキ。

取水塔から下流に向かって破線で示されているのは
堤体に設けられた底樋兼仮排水路です。

工事誌にはこんな風に記されています。
旧漢字が凄い。


とにかく目を引いたのはこのカットオフです。

堤体が27.3mですからかなりの深さです。

河川管理施設等構造令が示される前
昭和初期までのダムで時々見られる構造です。

今の重力式ダムの基準でいうとカーテングラウチングに該当します。

お世話になっているダムエンジニアの方に教えて頂いたのですが
現在の重力式ダムの本堤体ではカットオフは設けられず
カーテングラウチングとコンソリデーショングラウチングが行われるのだそうです。

でもカットオフはロストテクノロジーではなくて
河床に大量の砂礫が堆積した地点において堰堤を造る際に
選ばれる型式、フローティングタイプの重力式ダムなどでは
今でも使われている技術なのだとか。

先ほど疑問に思った「床掘」というのは
大きさから考えてもまず間違いなくここだと素人なりに確信。

7.3m。
うん。
ほぼそのくらいだと思う。

でも袖掘って何?

言葉どおりに考えたら堤体の左右部分だけど。

いきなり全部の疑問は解決しない。


そしてそして
堰堤の底部に近いところで上流側にスカートが広がっています。

フィレットです!!
フィレットついているメイソンリーフェイシングダム!!

同じ山口市の江畑溜池(1930年)の断面図では
天端から堤敷までわずかに勾配が付いていますが
このように角度が変わっているわけではありません。
一直線です。

寺勾配でもなく明らかにフィレットなこんな構造
持っている国内のメイソンリーフェイシングダムあったっけ??

この頃には国内各所で大規模な重力式コンクリートダムが次々と生まれています。

現在確認されている国内のメイソンリーフェイシングダムで
最後に造られたのは兵庫県の成相池堰堤です。
成相池堰堤にもフィレットがあったという話は聞いています。

いつ頃からフィレットって国内のダムで登場しているんだろうか。


フィレットがあるので上流側に裾広がりなのがよくわかる平面図です。

調べたいことが増えて脱線するとどうにもならなくなるので
とりあえず目の前の事に集中。

そもそもこの辺りはダムの設計でも超難しいあたりの事なので
素人がちょっと文献読んだくらいで理解できるものではないのです。

◆ ◆


とりあえず基礎情報としてこのくらいの理解をした上で現地入り。

山道の途中で分岐がありました。
長年ダム巡りで藪をこいでいるので勘が働き
これは天端への道とすぐピンとくる。

なのでまずは直下へと真っ直ぐ進みました。

灌木の向こうに何やら見えてきました。


副ダムです。

うわっ!
凄い立派な副ダムだぁぁぁっ!

このダムって江畑溜池堰堤に瓜二つだとか言われてるけど
いや、こっちの方がめっちゃ豪華。
いやいやそもそも江畑溜池堰堤の倍くらいの高さだし。


なんと滑らかな仕上げ。
豪奢な作りでこの副ダムすごい!!


副ダムの位置から本堤を見上げたところです。
目の前の水褥池には現在は水は溜まっていませんが
水の音が聞こえています。


堤趾に近づくと地山はフーチングなしでそのまま接続です。
これでフーチングまであったら吃驚してこける。
いや、当日は別のところで転んだけど。


水の音がしているのはここでした。
貯水位によって出てくる水量は異なると思われますが
ちゃんと送水管が生きているので水が出ているのです。


そして工事誌にもばっちり記載があった部分です。

取水塔まで続いているんですね。
堤内仮排水トンネルですが
工期の間に無駄なく活用されたようです。