皆瀬ダム 見学 その2

いよいよ天端に入ります。

まずは貯水池の左岸側をずずっと横に移動して洪水吐を愛でます。

2段式ローラーゲート。
さすがに揚程がかなりありますね。

2つのクレストゲートの間で下の方にあるのがオリフィスゲートです。
オリフィスもローラーゲートと先ほどの説明板にありました。

矢印で示したマーカーは何なのか横にある水位標と見比べましたが
常時満水位のEL250.0mより少し下でした。
サーチャージ水位はL251.0mです。

なので異常洪水時防災操作開始水位(但し書き操作開始水位)の
EL248.8mなのかなぁと思ってみていました。

そしてやっと見えてきました表面遮水のアスファルト♪
竣工時はコンクリート表面遮水でしたが
よりフレキシブルであるという事でアスファルト表面遮水で補修されました。

竣工時はコンクリートフェイシングだったのに
補修で上にアスファルトを敷かれたというのは皆瀬だけ。
他のダムではそういった対応をしていないので
皆瀬には特別な装置が備わっています。

コンクリートダムで堤体の変位というのは水圧よりも
日光が当たることによる熱膨張の方が大きいものです。
アスファルトは、今はなかなかそんなことはなくなりましたが
昔は高温になる夏場に表面が溶けたりしたものです。

なので皆瀬ダムでは夏場に高温になったアスファルトが溶けて
形状が変わってしまわないように天端から上流の遮水壁に散水が行われるのです。
ホントに珍しい。
そしてそこまで手をかけて頂いているけど
そこそこ、てれてれ垂れ垂れなのが頑張っている感があって素敵です。

そしてなんでCFRDからAFRDになったのかということですが
要因の一つに地震もあるのかなと思っています。
皆瀬ダムが竣工した翌年1964年に新潟地震が起きました。
ダムから震央までは150kmもありましたが
この地震で堤高が約20cm沈下し、下流側へ約5cm移動しました。
この変状によって継目付近のコンクリートのひび割れと
重力式の洪水吐と堤体の垂直継目に詰められていた
アスファルトモルタルが一部脱落というダメージがあったそうです。
基礎岩盤の最大加速度は約50galという事でした。
と、考えると
令和6年能登半島地震で震源地から10km以内で
堤体底部の最大加速度が528gal
天端で648galに達したのに
表面に傷は出来たれど、コアは無事で
ダムとして貯水する機能を失わなかった
土質遮水壁型ロックフィルの小屋ダムは本当に地震に強いなと
改めて納得です。

右岸の取水棟もここまで水位が低いので
足元まで見えていました。

水力発電用水も灌漑用水もこのルートから出ているのかなと。

貯水位が低いのはどうしても気になりますが
今日ばかりは堤体が良く見えるのでありがたい。

でも春先にはまたたくさん水が必要ですからしっかり溜まってほしいです。
豪雪地帯だから大丈夫かな。

いよいよ堤体下流の大好きなポイントが良く見える位置に移動します。
わくわく わくわく

堤体直下につながる管理用階段はこんなに急勾配。

足を踏み外したら減勢工まで落ちていきそうです。