間歩谷ダム 見学 その5


最上流部の砂防ダムの下からつながっていた
コンクリート水路トンネルが顔を出す辺りです。
ダム湖両岸から流木が押し寄せてトンネル出口をふさいでしまわないように
鉄製の囲いが設けてあります。
そして少し進んだ先で蓋のない水路になっているのがわかります。


右岸をとことこ歩きます。
ちゃんと整備されていますね。


ダム湖中ほどまで戻ってきた時に石段と石灯篭が視界に現れました。

不動明王社です。

間歩谷ダムの下にある神子畑小学校の山側に不動明王社があります。
それはもともとこの場所にあったものをダム建設に伴い移動したものでした。


各地の不動明王社と同じくここでも御祀りしているところには滝がありました。
高い滝の中段に不動明王像が少しだけ見えていました。


石段と石灯篭。
もともと二つ並んでいた石灯篭の片方は倒れてダム湖の方に転げていました。


石灯篭には文字が読み取れます。

  發起者 加盛山坑夫 壱同 

加盛山というのは神子畑鉱山のあった場所、つまりこの場所です。
神子畑鉱山は明治12年に開坑し、大正8年まで稼働していた鉱山でした。
埋蔵量の少なかった神子畑鉱山はその後、明延鉱山の鉱石を選鉱する
選鉱場のある場所として活躍することになりました。

この不動明王社が建てられたころはこの場所に鉱山の活気があったのです。


明治三拾五年六月建立とあります。
1902年。
100年以上前の石灯篭でした。

灯篭は坑夫の方々の手作りなのだという事がとても伝わってくる
成形をしていない石灯篭でした。


横にあった石碑には三菱の文字もありました。