雨畑ダム 見学 その2


国内のダムの堆砂対策で長年実績を上げていた雨畑ダムですが
令和元年にやってきた19号台風で大変な被害を受けました。


令和元年19号台風、T1919です。


梅雨前線と台風で広範囲に大量の雨をもたらしました。

令和元年台風第19号による被害等 令和元年11月22日
詳しくはこちらをご覧ください。


大雨の特別警報が出たのは静岡県、長野県、山梨県、群馬県、神奈川県、埼玉県、東京都でした。


10月10日から13日までの総降水量が
神奈川県箱根で1000mmに達し
東日本を中心に17地点で500mmを超過
静岡県や新潟県,関東甲信地方,東北地方の多くの地点で
3,6,12,24時間降水量の観測史上1位を更新
という記録的な大雨であったとされています。


T1919は試験湛水中の八ッ場ダムが一晩で満水位になったことや
千曲川の氾濫で新幹線車両基地が水没したり
荒川、阿武隈川、久慈川では堤防が決壊した被害などが知られています。


当日のナウキャストになります。


ダムのある雨畑地区でも大変な降雨がありました。
10月12日の16時には50mm/hを超える雨が降りました。

12日だけの雨量は495mm、11日の降り始めからの累加雨量は526mmにも達しています。

雨畑地区ではこの雨により貯水池横の道路が埋まり上流集落の孤立が発生しました。
運の悪いことにこの年は8月の10号台風、T1910でも上流の道路が浸水する被害が出て
その対策を進めている途中の被災でした。

T1919では人的被害はなかったのですがこの時に押し寄せた土砂と水により
貯水池内の堆砂を処理していたベルトコンベアの基地である
ニッケイ工業 雨畑工場第一作業所が損壊してしまったのです。

緊急対策工事と今後の計画。
水源池環境センター(WEC)が雨畑ダムに関わっている理由がこの被災でした。

と、予習をしながら、見学許可が出ますようにお祈りを続けていた甲斐があって
水源池環境センター様の視察のおしりに紛れ込ませて頂けることになったのです。
感謝 感謝。


雨畑ダム監視所に到着しました。

こちらが日本軽金属様が保有しているダムと堰、発電所の位置図になります。


富士川水系早川支川雨畑川は一級水系富士川の二次支川になります。
本川の富士川は南北に走り、一次支川の早川は北から南に走った後
雨畑川と合流した地点で西から東に流れを変えて富士川に合流します。
雨畑川は南南西から北北東に流れて早川に合流します。

雨畑ダムは「あまはただむ」とダム便覧でも記されています。
川の名前が「あまはたがわ」だから同じ読みが伝聞されたのかと思いますが
「雨畑(あまはた)川の雨畑(あめはた)ダム」が正解だそうです。

ダムのある早川地区は
・日本最大の活断層、糸魚川-静岡構造線周辺の脆弱な地質
・南アルプスの急峻地形
・年間を通して雨が多い地域
という事で雨量という面では水力発電の適地なのですが
雨は土砂も運んでくるのでダムに堆砂問題が発生しました。

・竣工後、計画堆砂量(100年で600万m3)に相当する土砂(500万m3相当)が10年間で流入
・砂利採取会社・ニッケイ工業を設立し1977年より土砂運搬を開始した(平均40万m3/年)
・しかし、土砂の流入が上回り、貯水池の約9割が埋没している

集水面積は100km2に届かないくらいなのですがその中に山体崩壊が三つもあるのです。
八潮崩れ
御池の沢崩れ
奥沢谷から発生した土砂が貯水池に流れてきます。

発電も堆砂対策も両立してずっと頑張っておられるのです。


こちらが日本軽金属様が進めている雨畑ダム堆砂対策になります。


災害直後の貯水池とダム上流の本村地区の写真です。
この状態からまず行われたのが
“ダム湖内の土砂300万m3の移動・搬出”です。

貯水池内に堆積した土砂は河道全体に広がっています。
このままでまた大雨が来ると、この上に水が広がりますので
浸水被害が出る可能性が高くなります。

そのため、大雨が来た時に集落に浸水被害が出ないよう
堆積した土砂の中に澪筋を作りました。


短期計画で、緊急の浸水対策を完了した後に貯水池内の容量回復を進めました。

集落と貯水池の間に仮設堤防を建設し貯水池内の土砂をさらに取り除いていきます。
発電用ダムとして仕事をするためにしっかりお水を貯えつつ治水安全度を上げる対策です。


中期計画が完了し、現在はこの状態になりました。

集落を守る仮堤防。
貯水池内は13.0mも掘り下げられました。


短期・中期・長期計画で貯水池内の土砂がどのように減らされていったか
並べてあるのでわかりやすい資料がこちらです。

被災するまで稼働していた堆砂を下流に骨材として運び出す
ベルトコンベアとトンネルも復活しました。

そして角瀬発電所もしっかりと電気を生み出しています。

説明を受けてからまず向かったのは上流の崩壊地です。


雨畑ダム貯水池に土砂を落とし暴虐の限りを尽くしている御池の沢崩壊地です。

ここは富士川砂防の管内です。


不透過型の御池の沢砂防堰堤と第二堰堤は凄まじい土砂に
袖天端もクラウンもゴリゴリに削られていました。


最下流の透過型砂防堰堤が補足している岩は楽に直径1mを越えています。
乗用車位のサイズの岩が落ちてくるのは富士川砂防管内の日常風景。

ここと同じような崩壊地が他にも二つもあるのです。


T1919の災害の後、道路も付け替えられました。
浸水しないように高い位置に鋼矢板でしっかりと守られた
仮堤防が設けられています。

堆積した土砂を取り除いて貯水池の水位が上がっても
浸水しないようになっています。


道路を走っているとこんな感じで見えるのです。
鋼矢板の安心感たるや最高。


澪筋、河道を掘って確保してその両側は崩れないように粒径の大きな石というか
岩を保護のためにきちんと並べてあります。

こういう几帳面さが日本人だなと思うと同時にこれをしていなかったら
確保した河道もあっという間に埋まってぺったんこになると思います。


貯水池上流から下流に移動です。
途中で見えた雨畑ダム天端。