雨畑ダム 見学 その1

2025/11/21 更新


静岡にやってきました。

駅の改札を出たところで本日お世話になる水源池環境センター(WEC)の皆様と合流します。


車でどんどん移動して山梨県へ。
フルーツ王国の秋。
道の駅には果物ばら売り。
こういう売り方は初めて見ましたが買いやすいかも。


早めのお昼ごはんでお腹を満たします。


道中ずーーっとダムのお話。
勉強しながらどんどん上流へ。


本日の目的地、雨畑地区に近づいてきたので
ダム管理者の日本軽金属株式会社様のダム放流時サイレン吹鳴看板が
道の横に現れ始めました。

ダム工学会によるwith Dam Night。
2025年の中部近畿ブロックのテーマは「ダムの堆砂」です。
自分はMCを担当することになり、オープニングで
ダムの堆砂について事例を挙げて紹介しようと考えました。


ダム堆砂対策で今、注目を浴びているのが『大町ダム等再編事業』です

大町ダム等再編事業
https://www.hrr.mlit.go.jp/chikuma/jimusho/dam/index%20.html

信濃川水系高瀬川で進められる事業のイラストです。

堆砂が問題になっている最上流の東京電力・高瀬ダム貯水池には
大量の土砂が生産される不動沢と濁沢という二つの沢筋があり
長年、陸上掘削とダンプトラックによる移送が行われてきました。

しかし、堆砂問題に対応している他の発電ダム事業者もみんな同じ問題で困っていました。
大型のダンプトラックが連続してずっと走ることで地域の道路交通に影響が大きいのです。


そのため、11kmものトンネルを掘ってベルトコンベアで土砂を運搬する計画が立てられました。

土砂輸送用トンネル工事はR6年5月に始まっています。


大町ダム等 再編事業 パンフレット1

https://www.hrr.mlit.go.jp/chikuma/jimusho/dam/imgs/R7damsaihen2-1.pdf
こちらのパンフレットで詳しい計画を見ることが出来ます。


大町ダム等 再編事業 パンフレット2

https://www.hrr.mlit.go.jp/chikuma/jimusho/dam/imgs/R7damsaihen2-2.pdf
トンネルについての詳細な情報はこちらです。


時代が変わったなと感じるのは、発電ダムである高瀬ダムに対して

「高瀬ダムでは、ダム上流の濁沢・不動沢からの流入土砂が特に多く
将来にわたって洪水調節容量を確保するため、流入土砂へ対策が必要となっています」

と、はっきりと書かれていることです。

今までの利水ダムの立ち位置と法律の縛りから考えて
“治水協力”という名目で、洪水調節、防災操作に協力していたわけですが
令和の時代になって、ダムの洪水時事前放流(可能な限り発電ルートで)が
当たり前のように求められるようになり、巨大な貯水池を持つ一類のダムには
洪水調節という言葉まで使われるようになったという事でしょう。

単語の違いだけで実際には洪水調節しているのだから個人的にはまぁ、良いかなと思ってしまいますが
発電ダム管理者様にしてみれば、一類の洪水時の初期貯留は当然で放流時は遅らせ操作とするのを
必ず洪水調節してくれると流域住民に勘違いされる可能性もゼロではなく、繰り返し繰り返し
ダムの運用について河川管理者様と一緒に説明が必要になってくる話です。

河川法第二章第三節第三款はどこにいった。

でもハイブリッドダムの考え方には大賛成♪

堆砂をテーマに事例紹介するのであれば高瀬川は工事も進行中で
良いのではないかと思われるかもしれませんが、お世話になっている
京都大学の角教授が事例について悩んでいる私に“雨畑ダム凄いんだよ”と
教えてくださいました。

一単語でもヒントをもらったら調べ倒すのが書痴の性。


日本軽金属様は自社電源として、自家用水力発電ダムとして
ダムを2基、取水堰を4基、発電所を6カ所保有しています。
HPには柿元ダムの写真が使われています。

ということでまずNDLのデジタルコレクションで検索したら
感動でフルフルするようなお話が出てきました。


こちらはダム日本No.394(1977年8月発行)に掲載されている
『なぜダム堆砂は除去しなくてはならないか』 古谷義隆氏の特別寄稿です。


18ページに及ぶ文章の中に雨畑ダムについての記載がありました。



感動ポイントはここです。

・砂利採取を目的とせずエネルギー元の確保という見地に立って浚渫を計画した嚆矢である
・官公庁ではなく、営利を目的とした純然たる民間会社である


一企業がこのダムの重要な課題である堆砂の問題に真摯に向き合い
企業として社会的責任を果たすために、そして企業として利益を上げ
会社と社員の暮らしを守るため、1977年には堆砂対策を完成させていたのです。

その方法は、トンネル掘削とベルトコンベア輸送でした。

規模は違えどまさに高瀬川で現在進められているものと同じなのです。
これを半世紀近く前から実施していたのです。

しかし、長年稼働していた施設は令和元年の19号台風で大被害を受けます。

貯水池上流の崩壊地から大量の土砂が貯水池に流れ込み
ベルトコンベアを設置していた地点浸水、損壊に至ったのです。

その施設の復活と貯水池堆砂対策を立ち上げ、頑張っているというお話を聞いて
泣きそうになり、どうしても見学したいという気持ちになりました。

しかし、今回、日本軽金属様の雨畑ダムを見学させて頂けることになるまでには
大変な高いハードルがありました。

基本的に、一般の見学は受け付けておられません。
ダムマイスター(一般)という肩書は全く意味がありません。

ダムの写真を撮りたい人の中に、ダム管理者である日本軽金属様の安全対策に
沿わない行為を助長していた人が、複数、会社側から確認されている、とのことで
ハードルがあげられてしまっていたのです。

困り果てて思案して、あちこちに相談したところ
水源池環境センター(WEC)の方の視察に同行が可能か聞いてみましょう
という提案を頂き、見学申請をしました。

OKが出るかわからないけどその間はひたすら予習、勉強。


こちらはNDLのデジタルコレクションで見ることが出来る
日本軽金属三十年史にあった写真です。

雨畑ダム空撮。

凄いV字谷に立っています。


うっすうすのアーチダム。
洪水吐は左岸の地山の上に乗っかっています。
その段々がとにかくかっこいい。
アーチの中央付近にプラムラインがはっきり写っていますね。

「ダムの立っている雨畑川馬場地点の地質は余りよくないが
両岸が互いにせまっているので、ここに地質その他の悪条件を乗り越えて
安くて安全なアーチダムを築造するための最大の努力がはらわれた。」

という記載がありました。


こちらは発電水力No.81(1966年3月号)に載っていた
ダム建設地点の写真です。

三十年史に記されている通り、両岸が迫った地形です。


こちらは発電水力No.88(1967年5月号)に載っていた平面図になります。

この時代のアーチダムの多くが単心・等圧・対称であるのに対し
雨畑ダムは三心・不等圧・非対称という未知の領域に踏み込んだ設計でした。

悪い岩盤を取り除いてサドルを設置する従来工法ではなく
岩盤をボーリングして鉄筋を挿入とグラウチングを行って
経済的な岩盤補強が行われました。

施工は鹿島建設です。

色々な悪条件がある中、堤体は約二年で完成したというのも吃驚した点。


そして一番の吃驚ポイント。

驚愕のうっすうす堤体。

堤高 80.5m
堤敷 9.8m

アーチダムの厚さ/ダム高の比較で
電源開発様の坂本ダムと同じく0.118です。
国内でこの二基は最薄アーチダムかも。