黒又川第二ダム 見学 その3

電源開発様の小出電力所に到着しました。
J-Power様の名前がしっかり浸透していますが個人的には
ひらがなで“でんぱつ”様呼びが好きです。

とても敷地が広いのですが、吃驚したのは敷地内にヘリコプターが待機している事。
なんでも、夏季は車でも行けるけど、冬季は全く車でたどり着けないので
ダムの巡視や現場への移動が全部ヘリコプター頼みになるからということでした。
流石日本屈指の豪雪地帯。
ここでお世話になっているダム工学会の偉い人やJ-Powerの中の人と合流しました。

まず、小出電力所管内の概要説明を受けます。
◆
今回、新潟まで足を運んだきっかけは
令和5年のT2307襲来時に7470万m3もの洪水を貯留するという治水協力を行った
紀伊半島の帝王・池原ダムに取材に行った時にお聞きしたエピソードでした。
「平成23年に」
「…2011年…紀伊半島大水害ですか」
「そう、同じ年なんですが、新潟で水害があったのはご存知ですか」
「本名ダムの下流でJRの鉄橋が落橋した新潟福島豪雨ですか」
「そうです。あの年は東日本大震災、紀伊半島水害、新潟福島豪雨と大きな災害が立て続けに起きましたね」
「はい…」
「その新潟福島豪雨の時に、奥只見と田子倉が治水協力を頑張っていたんです」
「♪一類のダムの治水協力♪」
「たしか、奥只見はサーチャージ超えても貯めてましたね」
「!!!」
「下流が大変だったので頑張ったと聞いています」
というお話を聞いていたのです。
奥只見と田子倉の治水協力が気になって気になって
公開データはもちろん勉強しますが詳しいお話をぜひ聞かせて頂けないかと
お世話になっているダム工学会の偉い人とお世話になっているJ-Powerの中の人に
相談しました。
すると、今度、黒又川のダムの視察があるので現地見学と一緒に
勉強の機会をもうけましょうかという素晴らしいご提案を頂き
鹿の国からわくわくやってきたという事になります。
◆
平成23年新潟・福島豪雨は気象庁の「災害時気象情報 平成23年7月新潟・福島豪雨」で
紹介されていますが、只見川のダムの活躍についてはJ-Power様の公式発表が解かりやすいです。
新潟・福島豪雨に伴うダム放流について(速報)《平成23年7月27日~7月30日》

只見川水系の源流は尾瀬です。
只見川のJ-Power様のダムというと上流から大津岐ダム、奥只見ダム
大鳥ダム、田子倉ダム、只見ダム、滝ダムです。
これらのダムは新潟県と福島県にまたがる越後三山只見国定公園の中にあります。
大津岐ダムは未訪で写真を持っていません。
朝顔形洪水吐が人気のアスファルト表面遮水型ロックフィルダム です。
奥只見ダムはダム愛好家以外にも知名度抜群ですが総貯水容量6億100万m3で日本第二位。
水資源機構の徳山ダムが竣工するまでずーっと総貯水容量日本一でした。
堤高日本一の重力式コンクリートダムです。
利水ダムの分類でいう一類のダムです。
大鳥ダムは重力式アーチダムでちょっと会いに行くのに苦労するダムです。
奥只見ダムと田子倉ダムの間にあり、一般車両で近づけません。
利水ダムの分類でいう四類のダムになります。
田子倉ダムは総貯水容量4億9400万m3で国内3位の重力式ダムです。
国道が横を通っており、最上流部のだどりつくのが困難なダムに比べるとアクセスが良いです。
奥只見と同じく、利水ダムの分類では一類のダムになります。
只見ダムは田子倉ダムのすぐ下流にあるロックフィルダムです。
上流の巨大ダムを見た後に見ると騙されて可愛い小さなダムに見えますが
堤高30mあります。
国内のフィルダムでは珍しく堤体の中央に洪水吐を備えています。
利水ダムの分類でいうと三類のダムになります。
滝ダムはこれまた未訪なので写真がないのですが今回は滝ダムを見ていないことが
色々、現場をイメージすることを難しくしていたので残念で仕方がない。
堤高46.0mでJ-Power様らしい巨大なローラーゲートを備えた重力式ダムです。
堤体のすぐ下に発電所も持っています。
こちらも只見ダムと同じく三類のダムです。

平成23年新潟・福島豪雨では新潟県から福島県に帯のように雨域が居座りました。
特に強い雨が降ったのは新潟県から福島県会津地方です。
奥只見ダムと田子倉ダムの集水域にも激しい雨が降り続きました。

奥只見ダムと田子倉ダムの観測所のハイエトグラフになります。
奥只見観測所のハイエトグラフでは
雨の降り始めは7月27日17:00
最大時間雨量は78mm
期間内の総雨量は745mmです。
田子倉観測所のハイエトグラフでは
雨の降り始めは奥只見より早い7月26日の11:00
最大時間雨量は51mm
期間内の総雨量は716mmです。

ダム放流についての詳しいデータがこちらになります。
奥只見ダムの洪水量は500m3/s
田子倉ダムの洪水量は900m3/sです。
貯水池に入ってくる水の量が奥只見は500m3/sになったら、田子倉は900m3/sになったら
一類のダムの洪水時の対応として遅らせ操作を開始します。
発電用ダムですからゲート放流をしなくても発電放流で水を流すことができます。
洪水初期には下流に急激な水位上昇を起こさないようにすることが大切です。
そもそも奥只見や田子倉は一類のダムなので洪水時はまず貯留する操作を行います。
そして発電やゲート放流で少しずつ下流に流す量を調整しつつ
洪水量に到達したら各ダムで決められた時間分を遅らせて
入ってきた量に追随する形で放流量を増やしていくことになります。
奥只見ダムの洪水開始時間は7月29日19:00で放流開始は20:00
田子倉ダムの洪水開始時間は7月29日13:00で放流開始は14:30
期間内の最大量入量は
奥只見ダムで7月30日02:15の2876m3/s
田子倉ダムで7月30日03:00の2884m3/s
最大放流量は
奥只見ダムで7月30日04:00の1610m3/s
田子倉ダムで7月30日04:30の2391m3/s
になります。
そしてそれに続く最下流の只見ダムと滝ダムは三類のダムですから
一類のダムとは別の操作になります。
三類のダムは貯水池が一類に比べると小さいことが多く、貯留で時間を稼げないのです。
洪水の早い段階から、空振り覚悟で発電を含む放流を行い、空虚容量を確保する必要があります。
只見ダムの洪水量は1000m3/s、滝ダムの洪水量は1800m3/sです。
大鳥ダムは四類のダムです。
洪水時のゲート操作で影響が少ないダムになっています。
奥只見と田子倉の間なので来た分を華麗にパス出来たらOK。

過去の出水との比較になります。
既往最大流入量を記録した日時は各ダムで割とばらついていましたが
平成23年新潟・福島豪雨で全部塗り替えられました。
J-Power様の管理ダムで最下流の滝ダムでは
昭和44年8月の3200m3/sが今まで最大でしたが
この豪雨で倍以上の6979m3/sを観測しています。

奥只見ダムのハイドログラフとハイエトグラフになります。
グラフの期間は7月28日から31日です。

注目したいポイントに赤枠をおいてみました。

28日21:00頃には50mm/h近くの降雨で流入量は一気に洪水量を超過しますが
全く動じることなく一定の放流量を続けています。
一類のダムですから。
そしてこれは多分、発電放流。
しかし、奥只見は大丈夫でも、下流のダムはこうはいかないのです。
貯水池の小さいダムではゲート操作に遅れが発生しないように
分刻みで計算を繰り返し、ゲートを開けて入ってくる量に追随して放流していきます。

奥只見ダムは29日の降雨で再び流入量が洪水量の500m3/sに到達しました。
そしてここから洪水調節を行うダムでいうところの特別防災操作に匹敵する貯留を開始します。
流入量がガンガン増えていくにもかかわらず、流入量と同じ量の放流を行う“遅らせ操作”を
通常1時間のところを3時間も遅らせ、更に放流量の増え方もゆっくりにしているのです。

ハイエトグラフを見てわかる通り、29日から30日にかけて、奥只見観測点では最大89mm/h
その後もずっと20~60mm/hにも達する雨が降り続いています。
総貯水容量6億100万m3の奥只見ダムが満杯になろうとしていました。
そして放流を遅らせて耐えた結果、サーチャージ水位を超過するのです。
本来の操作なら、こうならないように
そもそも三時間も遅らせずに早い段階で流入量に追随させていきます。
これは誤った判断でこうなったのではなく
サーチャージを越えても耐えられるという自信があったから実施しているのです。
可能な限り放流量を抑制しコントロールするという放流師の心意気がこの操作に現れているのです。

田子倉ダムも奥只見ダムと同じ操作を実施しています。
こちらはサーチャージ水位超過はさせていませんが
丸一日以上、ほぼ二日に渡ろうかという期間、常時満水位を維持しました。

そして貯水池に余裕がなく、最も厳しかったのが下流の滝ダムです。
三類のダムですから入ってくる量にぴったり合わせて放流量を増やしていきます。
28日に予備放流水位、29日に常時満水位に到達しています。
☆
小出電力所の方にこれらのハイドログラフについて更に詳しい解説を頂きました。
各ダムのハイドログラフを別々に見るとちょっとわかりにくいので
並べると判断が解かりやすくなるように思いましたので並べてみます。

28日の朝の段階では各ダムが出水時対応で発電放流を実施しながら
一類のダムは貯留を開始、三類のダムは空虚容量を確保して
流入量に追随する操作を始めます。
29日の夕方
滝ダムは設計洪水量を上回る流入で常時満水位を超過しました。
田子倉ダムの流入量も設計洪水量に迫る勢いでした。
この時点で下流の全町民に避難勧告が出ています。
そして奥只見には89mm/hというとんでもない雨がやってきていました。
しかし、下流の被害の報が次々と入る中、奥只見ダムは決断します。
遅らせ操作を1時間から3時間にして少しでも河川水位を下げようと。
そして21:00に滝ダムは発電所が浸水します。
滝ダムの下流、東北電力の本名ダムも頑張りましたがそれを上回る豪雨で
貯水位がとんでもなく上昇していた為でしょう。
時刻は不明ですが本名ダムの直下ではJRの鉄橋が落橋しています。
この時、滝ダムでは電源喪失した管理所で流域の住民がみんな避難している中
携帯電話の充電が切れそうになってもゲート操作を続ける放流師の方がいたのだとか。
逃げてください。
球磨川水害の時もそうだったとお聞きしていますが逃げてください。
殉職は絶対にしてほしくない。
日付が変わって30日になってすぐ奥只見地点でも
設計洪水量の1500m3/sをはるかに上回る2500m3/sが観測されます。
奥只見ダムのS.W.L.はEL751m。
ここで放流量を増やすという判断
J-Powerの放流師の方はそれをしませんでした。
本則操作から大きく外れても、これだけの未曽有の災害時に
ダムとしてできることをとことんまで突き詰めて考えることをあきらめなかったのです。
重力式ダムは貯水位が上昇して堤体を越えて水が流れても堤体は壊れることはありません。
ゲートの巻上機等に被害が出ることはあります。
そしてゲートのあるダムが、ゲートで下流に流れる水をコントロールするステージに入っているときに
機械が壊れるという事はコントロールできなくなる、制御不能の状態を作ることになります。
それは天端越流と同じです。
天端越流の何が怖いかというと、コントロールできない水が流れるという事だからです。
奥只見ダムの決断は限りなくこれに近くなるリスクを負っているように見えました。
しかし、この極限状態でも放流師の方々はちゃんと計算していました。
ダム建設の時に用地を十分に確保していました。
S.W.L.を超過していますがその高さには人家や道路などがないのです。
更に洪水吐の機能やダムの安定計算上、水位を上げても問題ないことを確認していました。
限界まで貯水位を上げるリスクを一番ご存じの放流師の方が
いけると判断しました。
国土交通省に連絡し、この操作の報告をします。
ここまでつかう。
ここまで水位を上げてでも下流を守らなくてはならない。
その覚悟でS.W.L.を超過して耐え続けたのです。
31日
やっと豪雨が落ち着き奥只見ダムは後期放流に入ります。
ここでも下流を見て、早い段階から洪水量を下回る量に絞っているのです。
☆
ここまでJ-Powerのダムの放流師の方が頑張ってくれていたにもかかわらず
いつものように、ダムを悪者にして騒ぎ立てる輩が現れました。
しかし福島県、国土交通省の評価は当然ながら
上流のダム群が特別防災操作に匹敵する頑張りを見せてくれたおかげで
被害を抑えられたことを理解していました。

平成23年7月新潟・福島豪雨 只見川における対応について
河川管理者が理解してくれたからと言ってそこで終わりません。
J-Power様は翌年、ダム管理者としての取り組みを発表します。

いままでより遅らせ操作に入る時間を長くする工夫
洪水時ピークを抑え、後期放流はその分長い時間になりますが
これを実施することになったのです。

貯水池運用が変更になりました。
これって
どう考えても洪水調節
なのにそれを名乗れない電力会社様のダム
紀伊半島の池原&風屋ペアと同じく
只見川の奥只見&田子倉ペアの治水協力
こんなすごい操作が行われていたことを勉強させていただいて本当にありがたかったです。
◆

小出電力所でいっぱい勉強させて頂いてから現地見学です。
黒又川に向かっています。