徳山村地内 その8

徳山ダムの完成は平成19年の予定です。
湛水はダムの属する水系の水量やダムの規模によりますが
半年から一年かかります。


晴れた日に空を見上げればいつでも光がある。
あと数年でこの土地からそういう当たり前の事が失われます。

徳山の地に立って空を見上げました。
湛水が始まったら私の立っているこの場所にはもう光は届きません。
数十メートルの水深で、この地に光の恵は二度と届きません。

少しずつ土地に水が染み込み、水溜りは大きくなり
そこに生えていた植物は属性の違う水草のように
根をおろしたまま、しばらくは水の中を漂うでしょう。

水深が1メートルになり、2メートルになり、長い時間をかけて
目標の水深まで達します。
その間に少しずつこの土地に光は届かなくなり
地の生物は泥で生きられる生物と交代していきます。
建物は水に漂う細かな砂に表面を洗われ
コーティングされたようにその色を変えていくでしょう。


今、私のこの視界に数十メートルの高さまで水があるとしたら...

水圧に指一本、身体を動かす事は出来ず
光が届かず真っ暗な周囲
ダム湖の湖底の水温はあまりにも冷たく
水に固められて化石の様にそこにあるだけ

水面はあまりに遠く、少しずつ沈殿するシルトや砂が
私を堆積岩の中の異物のように固めていく

陽射しの中でぞっとしました。

足の下のこの土地はあと数年で光から隔絶されるのです。



この風景も水底に静かに眠り二度と光を受ける事は無いでしょう。


周囲の新緑はこれから光を受けられなくなる事を
知っているように静かにさんさんと降り注ぐ陽光をあびて
元気一杯でした。


私が訪れた日は「藤橋どんどん」という藤橋村の大きなイベントの日でした。
そこから徳山村に来ていた人も大勢いた様子だったので帰り道に終了間際の
イベント会場に足を運びました。

屋台や色々なイベントのテントはもう片付けられ始めていました。
その中に徳山ダムのスペースもあったのでパンフレットをもらいました。
会場になった「藤橋城」の横に常設してある徳山ダム建設パビリオンに行きました。

観光イベント色が強い会場には一杯の家族連れや観光客がいました。
そんな中、一人しかめっ面でダムの事しか眼中にないとすたすた横切っていた
私はその空気になじんでいませんでした。

会場から出ようとした時に村長か村議会の議長らしき方が閉会のスピーチを
はじめました。気にもとめずに行き過ぎようとした私の耳に言葉が滑り込んできました。

「・・藤橋村は、ダム建設により、何よりも大切な”人”を村から失いました。」

「県下の各所に移られた方々がこの『藤橋どんどん』で集う事ができればと・・」

村に一番大切なものは人だと..
ダム建設で立ち退きを余儀なくされた人たちに年一回でも集うきっかけをと..

祭りとは今その場所に生きる事を祝うだけのものでは無いのです。
失った場所を思い出す場として機能する祭りもあるのです。

その土地を思う人がいれば...。

村には確かに収入が必要です。
ダムはその巨大な土地を占有する事で村の財政を潤します。
でも人がいなくなったらその財源は何のためのものですか。
村という人の繋がりと暮らし、歴史と記憶、それ無くして村は成り立ちません。

人を、命ではなくとも、身近な所から失っていく悲しみを知った人の言葉が
前向きにと考えるその言葉が...。

たとえそれが紋切り型の挨拶だったとしても
社交辞令の塊だったとしても
つい先ほどまでダム湖の中に立つ自分を想像して身を凍らせていた私には
あまりに温かい言葉に思えたのでした。