『急傾斜地崩壊危険区域』指定 1

 

長雨のたびに台風のたびに
我が家が軋む音を耳にして
座っている場所も寝ている場所にも
心休まる時が無いというのは
心安らかとはけして言えないのです

 

災害とは人と人に関わるものが何らかの害を受ける事であり
人のいない土地に例え地滑りが起こっても
それを災害とは呼びません

『急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律』
通称・急傾斜地法は傾斜度が30°以上ある土地を急傾斜地と定義して
その崩壊による災害から国民の生命、財産を守る為に制定された物です

 

山深い道を行くときに河に沿ってつけられた新しい道から見れば
信じられないほどの山の斜面の高処に集落があることがあります

下から一体どれだけの時間をかけて
辿り着いていたのだろうかと
自動車が無かったら買い物ひとつに出るにも
一日仕事ではないかと思わせる高処は
山の中ほどに開けた緩斜面であることが多いのです

他所から来た者には
町から来た者には
その緩斜面の集落という物の成り立ちがわかりません

どうしてあんな不便なところにと思ってしまうばかり

そんな山の緩斜面に集落ができることにはきちんと理由がありました

山の中腹の緩斜面というのは耕作に適した肥沃な良い土地なのです
その緩斜面は山から崩れてきた堆積土砂で形成されています
崖崩れ、土砂崩れで流れ出してきた土砂がその場所に
積み重なって緩斜面を作ったのです

沢と谷の合わさった場所に多い扇状地
斜面上の崖錐面
その地形を形勢した成り立ちが土石流や土砂崩れ
崩壊した土砂が通り抜けた場所
堆積した場所なのですから
その土地が危険な場所だというのはいうまでもありません

河に近い平らな土地は行き来する者には高低差も少なく
一見なだらかで便利に見えますがすぐに水が押し寄せてくる
耕作に向かない土地でもあります

その為、山の民は不便にしか見えない山の中腹にある
わずかな緩斜面に集落を作りました

そして行き来はなくてもそこで自給自足できていたので
道が不便でもかまう事はなかったのです

人の住んでいない場所に『急傾斜地崩壊危険区域』は数少ないのです
指定を受ければその土地の価値は下がります
土地を持っている人間には都合が悪いのです

そして『急傾斜地崩壊危険区域』指定の要件としては
傾斜度が30°以上という事の他に人家が5件以上建つか
すでに家屋があることがあげられています

危険な場所だから人を住まわせるのがよくないというのに
人家がないと指定を受けられない為に矛盾が生じています

だれが『危険区域』と名のつく場所の土地を買うでしょう
だから売る時にそんなことは口にしない地主
人家が建ったので指定しないわけにはいかなくなって
治山工事をはじめる行政

都心に近い急峻な住宅地のはずれなどで訴訟が起きています

すでに住んでいた人々には突然、自分達の土地が
『危険区域』に指定された事に驚く事でしょう

行政はその地を『危険区域』に指定して住人に言います

「この場所は危険な場所ですよ」

住人は困り果てて言います

「私たちは長くこの地に暮らしてきました
一体どうしたら良いんでしょう」

それに返す言葉を行政はもっていません

「この土地を離れる事であなた達は少なくとも命にかかわる
災害から逃れる可能性は高くなります」
「その災害はいつ来るのですか」
「100年後かもしれませんし10年後かもしれません」
「来るか来ないかわからない災害の為に仕事も家もみんな捨てて
出て行くなんて出来ません」

当然の言い分
当然の答え

「私たちがこの地を出た後どうやって生きていけば良いですか」
「それは各個人の問題になりますので行政の関与する
ところではありません」

危険だよと知らせることしか出来ない行政
知らされても逃げ出す事が出来ない住人

いつ足元が崩れるかなど
いつ天から山が落ちてくるかなど
人に知る術はないのです

多くの台風で多くの長雨でそれが引き金となり
山が崩れ人命が失われました
水害の被害で多くでるのは財産の喪失
土砂崩れで多くでるのは人命の喪失

逃げ出す事ができる人はその土地を捨てました
災害に遭うまでにその地で天寿を全うした人もいたでしょう

耕作されていた頃には日当たりも良く
開かれた場所であった集落も住む人を失って
崩れるに任せられました

捨てられた土地に残ったのは行政の立てた看板だけ

『急傾斜地崩壊危険区域』

ダムに近いこの捨てられた集落は
私にはそんな集落のひとつに思えたのです

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