大久野島 見学 その10


柵に擦り寄って中を除きますが仕切りの間の貯蔵室はよく見えません。


業火に焼かれたコンクリートは健在でした。
こうしてコンクリートの遺構は朽ちることもなく
ゆっくりと崩壊するまで風化するのを待っています。


すぐ横に更地になった場所がありました。
ここに積み上げられていたコンクリートの瓦礫の山。
海岸線の整備の際に出た瓦礫のように見えました。

コンクリートはこうして人の手で作り上げられ
人の手で破壊されるまで在り続けます。

「先輩。ウサギですねー。」
「ちょっとずつ数が増えてきたがまだまだ警戒心が強いのぅ。」

島を3/4周してきました。ウサギの数が増えてきます。
近づいても逃げずに鼻をヒクヒクさせて人参を待っているものも
出はじめました。


国民宿舎の横に残る毒ガス貯蔵庫のひとつです。
島内には今日回った外周だけでなく山中にもいろいろな遺構があるようです。


ちょうど休館日で見られなかった毒ガス資料館。
中に入ったら当事の写真や遺物などいっぱい資料があるので
残念ですが仕方ありません。

この島に来る前に気になっていた事がありました。
旧軍が毒ガスを作っていたこと自体が違法であったという説明です。
第二次世界大戦(大東亜戦争)当事、日本が化学兵器の使用を
禁じる国際条約を守らなくてはならなかったのか。

歴史に明るくない自分は文献を調べました。

生物兵器禁止条約(BWC)

化学兵器及び生物兵器の戦時における使用を禁止した1925年のジュネーブ議定書を受けて、
平時においても生物兵器の開発・生産・貯蔵を禁止すると共に、既に保有する生物兵器を
廃棄する事を目的として作られた条約である。
1972年に採択、1975年に発効。2002年11月現在の締約国数は147か国。

日本政府は1925年ジュネーブ議定書および1972年生物兵器禁止条約とも批准

第一次世界大戦の際に戦地で悲惨な死傷者を生んだ塩素ガス。
ガスマスクが標準装備であった兵士の写真。
戦争に人道的も糞もないと思いますが、なぜか国際条約のベースとして
ジュネーブで締結されていた議定書。

「先輩、アメリカは他の国に核兵器使うなて言うてますよね」
「うん...」
「でも湾岸戦争のとき劣化ウラン弾を使ったんとちゃいますの?」
「うん...」
「劣化ウラン弾ってのは核兵器と違うんです?」
「一緒。在庫一掃で使ったんや..」
「戦争でしょ。自分の国で使われたらぶーぶー言うくせによその国
やったら平気で使う国にそんなん言われたないですわ。
日本が国民守る為に戦う為に作ったものがそんなにあかんのです?」

「勝った者の言うがままや。でもここは製造技術がまだ高くなかった時代に
製造に従事していった労働者が毒物に曝露されて亡くなった事も資料として
展示しているらしいから、ただ今の視点だけで戦争批判している所でない事を
祈るばかりやね」
「どうしてニュートラルな視点で事実だけを公開する資料館って少ないんでしょうね」
「そういう空気の時代があったからや..人道的な戦争なんかあるかいな」

資料館内を見られないので確認はできませんでした。
安易に大東亜戦争を戦った国民を批判するような気持ちになれませんでした。

以前、戦地に赴いて戦った方にこんな言葉を聞いたことがあります。

「今の若いもんは国のために闘ったわしらを殺人者とか言いよる
でも自分の遊ぶ金欲しさに簡単に人を殺しよる今のやつらのほうが
よっぽど狂っとる」

皇奉祝国民歌「紀元二千六百年」について話題をふったときに聞いた言葉です。
お話を聞かせてくださった方は今も節を間違わずにその歌を口にしてくださいました。

旧軍の遺構。
それを落書きで埋める今の若い者。
歴史を感じない世代の感覚は私には掴み取れませんでした。


「先輩!大量のウサギです!」
「今じゃ!人参の入っている袋をカシャカシャ言わすのじゃっ!」

国民宿舎の前の広場にウサギがたくさんたむろしていました。
視野内に50匹以上!
それが音を聞きつけて一斉に走ってきたのです。

「ウサギや♪〜」
「うぉぉ!ミサイルアタックや!」
 

「君はこういう時の為の要員なのだ!ウサギをおびき寄せたまへ。」
「ウサギアタック強烈ですぅ」


か、かわいいおなか....
どのウサギも齧り取った人参をもぐもぐしている間に別のウサギに
横からミサイルアタックを食らって交代していきます。

「触らせてはくれんようだが人によじ登ってくるのは平気なようだな」
「うわ!もぎ取られましたっ」

ウサギいっぱいの大久野島。
そこは旧軍によって地図から消された歴史の島でなく
今はウサギと戯れることができる島として紹介されています。

旧軍の遺構がまるで負の遺産のように撤去されていく中
この島の遺構を見るために訪れる人が沢山いて欲しいと
思いつつ、ウサギにまみれ尽くした大久野島訪問でした。