向之倉 訪問記  その9

竈の火が消えて何年経っているのでしょう。
煉瓦造りの竈。
集落のあちこちに残っていた煉瓦も竈跡だったのかもしれません。

別の家屋では屋根裏に続くはしごが残っていました。
少し登ってみましたが何も置き去りにされていない空間が
埃を積もらせているばかりでした。

表はトタンで覆われているために屋根は落ちていません。
上がった場所は母屋の中心ではなかったので柱の構造や
棟木の組方を見る参考にはなりませんでした。

プロパンガスの普及と燃料革命
産業の衰退

そして冬は下界との交通が遮断される豪雪地帯

自給自足の出来ない土地

生きていくための資金を得るすべを失い
他の地域との隔絶される時期があり
食べるものを自らの土地でまかなえませんでした。

そしてこの集落は捨てられたのです。

この地を訪れる人がお目当てにしている大桂の木を見に行きました。
集落から少し歩くと鳥居とともに目に入ってきます。

この桂は樹齢400年とか。
数え切れないほどの幹が寄り添っています。
その横に窪地があり深い色の水が湛えられていました。

ここは向之倉の地にある井戸神社の境内に当たるようです。
でも小さな御社と鳥居とこの巨木以外に何も在りません。
神社の由来を知りたかったのですが在るのは桂の木の説明板でした。

産業とともに人はその住む場所を変えていきます。
小さな地方の鉱山町のように突然出来て突然消える存続期間の
短いものから、数百年続いて消えてしまう村も在ります。

人が消えた地に木霊が住んでいそうな桂の木だけが残りました。

誰も訪れる事の無い鎖された冬の向之倉で
家が軋んで朽ちて崩れていく音を聞いているのは
この桂の木だけです。

木霊がいる廃集落 向之倉

時を止めたように主を失った場所

廃れた理由を幾つも思い浮かべながら
私は下界へと来た道を戻り、この地を離れました。