旧東青山駅周辺 9
大阪府立中央図書館で新聞を見返しました。『鉄道廃線跡を歩く V』の本は
かなり人気があるらしく、他の巻はあるのにそれだけいつも見つかりません。
縮刷版の小さな文字を追っていて、ふと気づきました。
ブレーキ故障で停車した場所が本と新聞とで違いました。
参考文献として誤植が多いなと思っていた本には
原因は下り特急電車が東青山駅の西側約3km地点(旧青山トンネル内)で
ATSの誤操作により非常ブレーキがかかって停車し、(約5分間)
ブレーキを緩解できないため各車の空気ブレーキ装置の供給コックを閉鎖
して、ブレーキを開放した。次いで、そのまま発車して3.3%下り勾配の青山トンネル内をブレーキが
効かないまま約100km/hで暴走し、東青山駅の出発信号機の停止現示を冒進、
安全側線に侵入して車止めを突破し、脱線状態のまま本線を暴走して
トンネル内で登り特急列車と衝突した参考資料 「鉄道重大事故の歴史」 久保田 博 著 グランプリ出版
このように書いてありました。しかし、当時の新聞で、三重県警と津地方検察局が発表した内容は
名古屋行き下り特急は東青山駅に定刻に到着したが下りの場内信号機が『青』になっているのにATSが働き急停車した。このため約10分間、停車して点検。二見助役(東青山駅・助役)が搭乗し運転を再開した。
総谷トンネル手前の垣内東ポイント(東青山駅から2.7km名古屋より)付近を高速で通過、安全側線に入りかけたがスピードと安全側線のカーブのため脱線、そのまま暴走してトンネルに突入し反対側から来た難波・京都行き上り特急と正面衝突した形になっている
朝日新聞縮刷版 昭和47年10月26日夕刊より抜粋(カッコ内、同記事内より加筆)
調査によると衝突した下り特急は、事故直前の25日午後3時40分頃東青山駅の西約300mの青山トンネル内で、ATSが誤って作動し、信号が青なのに急ブレーキがかかって立ち往生した。
朝日新聞縮刷版 昭和47年10月27日朝刊より抜粋
当時の発表が間違っているとは思えません。
当てにしていた本の情報が間違っていたのです。
青山トンネル内。確かに旧東青山駅から西に300mくらいという事なら旧青山トンネル出口付近です。
これを駅の手前、3kmと勘違いしているのに事故現場は総谷トンネルと書いてあることから矛盾が
生じていたのです。(この本は他の本のソースにもなっていて、他の鉄道事故の本にも同じ記述で
間違いが書かれていたのが混乱の原因でした。)
東青山駅の助役がどんなに頑張っても、連絡を受けてから砂利の線路脇をトンネルの中まで3km、
10分で、停車している車両に辿り着けるとは思えません。助役は下り特急に搭乗しています。
ATS誤作動の現場はトンネル内といっても駅からすぐの出口付近だったのです。
300mならすぐに行く事ができます。
そして3.3%下り勾配の場所は青山トンネルではなかったのです。
発車してすぐ、ブレーキが効かないからといって時速100km/hに達する為にはもっと距離が
必要です。駅のすぐ横で発車した特急が駅のすぐ先にあるトンネルで脱線するほどの加速を
得る事は出来ません。ホームの跡は平らな広場でした。傾斜など殆ど感じない広場だったのです。

青山駅の西側300mでATSが故障して急停車した特急
故障に対応する為に駆けつけた青山駅の助役を乗せて約10分後に発車
駅に停車しようとしたがブレーキが効かずにそのまま通過
滝谷トンネル → 溝口トンネル →二川トンネルを次々に抜けて垣内信号所に到達
複線化されている垣内信号所で上り特急とすれ違うはずだったがここも通過
安全側線に乗り上げたがスピードとカーブの為に脱線
脱線したままトンネル内に侵入し、上り特急と正面衝突した
これが答えでした。
私が資料を慌てて読んだ為に起きた間違いだったのです。
3.3%下り勾配の場所はどこなのか。それだけが疑問として残りました。