旧東青山駅周辺 8
探索が終わってから、私はすぐに図書館に出かけました。
よく利用している大阪府立中央図書館で新聞をあさります。
そこには当時の生々しい写真が掲載された記事がありました。
他の文献とともにまとめた内容を以下に記します。
総谷トンネル特急列車正面衝突事故
昭和46年10月25日午後4時ごろ発生
発生地点:近鉄大阪線 榊原温泉口〜東青山駅間 総谷トンネル
東青山駅側より約30m侵入地点
1両目から3両目までが横転。
2両目は車両が裂けて「く」の字型に折れ曲がった
事故による死亡者数 :25人
事故による負傷者数 :218人(当日の朝日新聞によると227人)
朝日新聞縮刷版 昭和46年10月26日朝刊 より
事故詳細
1971年(昭和46年)10月5日16時頃、近鉄大阪線(複線、一部単線、自動閉塞式)榊原温泉口〜東青山間の鈴谷トンネル内で、名古屋行き下り特急電車(車両編成4両)と、難波・京都行き特急電車(車両編成7両)が正面衝突し、両電車が脱線転覆、大破、破損したもの。トンネル内で多くの車両が転覆した為、死傷者の救出と復旧に長時間を要した。
原因は下り特急電車が東青山駅の西側約3km地点(旧青山トンネル内)でATSの誤操作により非常ブレーキがかかって停車し、(約5分間)ブレーキを緩解できないため各車の空気ブレーキ装置の供給コックを閉鎖してず、各車両の空気ブレーキ装置の供給コックを閉鎖してブレーキを開放した。次いで、そのまま発車して3.3%下り勾配の青山トンネル内をブレーキが効かないまま約100km/hで暴走し、東青山駅の出発信号機の停止現示を冒進、安全側線に侵入して車止めを突破し、脱線状態のまま本線を暴走してトンネル内で登り特急列車と衝突した
下り特急電車運転士のATS個障時の処置の誤りで、ブレーキ装置の基本知識を欠いた為おきた事故である。
参考資料 「鉄道重大事故の歴史」 久保田 博 著 グランプリ出版 参照
この資料には赤字で示すとおりの誤字が多かったのが気がかりでしたが、
ただの誤植なのかソースが間違っていたものかは判別できない事から、
新聞記事が一番信用できると思い、この資料を『マジカルミステリーツアー』に送りました。
最初、「滝谷トンネル」と認識していたあの駅のすぐ東のトンネルが事故現場だったのです。
しかし.....。
2002年2月、『マジカルミステリーツアー』から連絡が入りました。
あの場所ではないという情報が寄せられたというのです。
もっと東側の榊原温泉駅付近の急カーブが続くトンネルの先が事故現場との情報でした。
事故現場は垣内信号所の近くなので滝谷トンネルではないという事です。

送られた地図を見ても納得が行きませんでした。
旧青山トンネル内でブレーキが故障してそのまま暴走していたらこの地図で
示される所まで辿り着けるとは思えないのです。
二川トンネル内を無事に通過するのは暴走特急には至難の業のはずです。
しかしブレーキ故障は旧青山トンネル内だったとあちこちの本にかかれています。
では故障は旧青山トンネルではなく、二川トンネルだったのでしょうか?
資料探しで読み落しがあったのかもしれない。私は又府立中央図書館に向かいました。
前回の資料は新聞記事の一部を拡大コピーしていた上、事故翌日の朝刊だけしか
調べていなかったので、事故の記事がなくなるまで数日後まで調べるつもりでした。