台ダム見学 その1

2002/10/14 更新

瀬戸内海の島を結んで居る『しまなみ海道』。
ここに高速道路と橋がかかってから行きたくて仕方ありませんでした。

大三島という名前を知ったのは小学生の時です。
小学校の図書室で他の本に混じって、変わった装丁の本がひっそり
隠れていました。本の後ろの図書カードを見ると真っ白で貸し出された
履歴が全く在りません。その本の題名は「つる姫」でした。

戦国時代の悲恋を描いたこの本は私がインパクトを受けた一冊です。
「水軍」という名称を知り、「火船」という特攻の魂が戦国武将にあった
事を知り、「海鈴」という現象にイメージが膨らんで、哀しい物語であり
ながら、大変わくわくしたのを今でも思い出します。

そのつる姫が実在の人物では無いという話もありますが、物語が
実際にあったエピソードと遺物を参考に作られたものであっても
私はいつか大三島に行ってその残照を見たいと思っていました。

今回、『思いっきり走り倒して憂さ晴らししたい病』が顔を出した時
目の前にあったのが、しまなみ海道の資料でした。
そこにはダムがあるというデータが載っていました。

つる姫の残照と共に離島のダムを見たくていきなり出発です。



しまなみ海道に朝早くに到着しました。
夜明けの生口橋です。因島〜生口島間を繋ぐ綺麗な橋です。
この島で綺麗な風景をいくつか見て大三島に移動です。

大三島には歴史の古い島であり、しまなみ海道の島々の中でも
人口が一番多く、大きい島です。
水軍の島、歴史の島、という事はこの島には昔から多くの人が
住む為に水を確保していた歴史もあるはずです。
つる姫伝説縁の大山祇神社から少し離れた高台にこの島の水瓶
「台(うてな)ダム」があるのです。

島はすっかり観光色が強くなっていて整備された道はまるで
昔からの景色を遮断しているごとく観光地だけを繋いでいます。
そして台ダムも観光地のひとつに上げられていました。


看板のとおりに進むとあっという間にダムに到着です。
あらら...予想通りの一般的サイズ。
洪水吐きは上部に自然越流式で三門。
鋼鉄製のゲートは....見えません。


台ダムは平成4年に完成した多目的ダムです。


このダムは大三島の大三島町にありますが同じ島の隣町
上浦町と隣の伯方島の伯方町、さらに四国側の大島にある
宮窪町まで水道水を供給しています。
ダム湖の周囲の水色の地域で水を集めてあちこちに散らばる
ピンク色の地域に水道水を供給しているとか。

このダムが出来るまでは水道水はどうしていたのでしょうか。
簡易水道だったのか井戸水だったのかそれとも海底の送水管を
利用して四国や本州から貰い水だったのでしょうか。
ちょっと資料不足でそこまで調べられませんでした。


堤体の横から監査廊の入口が見えています。