滝畑ダム見学 その5
カーブした天端のダム湖側中央にふたつのコンクリートの出っ張りがあります。

ぽこんと出ているこれが非常用洪水吐き。
む、これは今働いていないぞ。

上から覗くと六角形を半分に切った形です。
でもクレストゲートが自由越流式で設置されているので
これは常用洪水吐き??

ふたつの取水口の間にパイプを半分に切ったような働いている
取水口を発見しました。これは間違いなく常用洪水吐きです。
今、オリフィスから流れ出ている水はここから出ているものでしょう。
非常用洪水吐きが自由越流式で堤体の表面を流れ落ちる形式と
オリフィスゲートから減勢工の中に流れ出る二種類を備えている
という事なのでしょうか。
常用洪水吐 にスライドゲートを1門備えているとだけ書かれた説明板。
むーーーー。
非常用洪水吐きの六角形の取水口からの水も全部オリフィスに
集まっていて制御するのがスライドゲートであると理解しました。
捌ききれなくなったらゲート閉めてきりきり一杯まで溜めて
その後は自由越流式に切り替えるのだと思いますが
非常用洪水吐きは実際、使う事がないというのが現実です。

多分この滝畑ダムも例に漏れず、完成直後の試験湛水後の放水から
一度も非常用洪水吐きを働かせた事はないのでしょう。
「満足した?」
「うん。満足した♪」
母は堤体ではしゃぐ私を目の当たりにしてくすくす笑っていました。
あちこちのダムでやっている馬鹿っぷりを想像して可笑しかったのかと思います。

ダムの建設に伴い、旧滝畑村にお住まいだった方々は
ダム湖につけられた道路に沿って引越しされました。
水没家屋は79戸。移転された方々の住居のある場所の奥に
滝畑民族資料館があります。
そこで見たところによるとダムの横の磨崖仏は、河内長野市の
長野郵便局に永く勤めた故・夏目庄吉さんという方が大正末から
6年余りかけて彫り上げたといういわれのあるものでした。
よもやその頃にこの村がダムに沈むとは思っていなかったことでしょう。
磨崖仏を頂く山肌は偶然にも堤体の横に位置する事になりました。
運良くオリフィスゲートからの放水を見られて大変楽しい
滝畑ダム訪問でした。