T1910の池原ダム その4


とりあえず確保した川の防災情報のスクリーンショットから
8月13日〜8月16日の貯水位、流入量、放流量。


川の防災情報と和歌山県河川雨量情報のHPからスクリーンショットで確保した数字で
自力で書いたT1910の池原ダムのハイドログラフです。
水色線が放流量
赤色線が流入量
緑色線が貯水位です。

左のグラフ軸に記している1500m3/sと灰色線が池原ダムの洪水量
右のグラフ軸に記している黄色線が暫定目安水位@のEL283.0m+27.5m
赤色線が暫定目安水位AのEL283.0m+26.0m
になります。

@2019年8月12日14:00
・台風の予報円がダムから300kmの範囲にかかったことと
・累加雨量が200mmを超えるという予測
から、ダム貯水池の空き容量確保の条件が揃いました。

『暫定目安水位@のEL283.0m+27.5mまで水位を下げ容量を確保する』条件が揃った訳ですが
この時、すでに貯水位が低目だったので
無理に急いで放流してEL283.0+27.5mまで下げるような無駄で美しくない操作は一斉せず
今からくる雨を貯めつつ、放流量をゆっくり増やし
流入量が池原ダムの洪水量・1500m3/sに至る頃に丁度
暫定目安水位@のEL283.0m+27.5mが確保できているように持っていく
という放流計画が立案されました。

A2019年8月14日15:00
洪水吐きからの放流開始。



14日21:00頃に流入量が1500m3/sの洪水量に到達すると
北山川電力所では予想されたそうです。

21:00時点で“EL283.0m+27.5m”が確保できているように
ここから徐々にゲート放流量を増加させていきます。

B貯水池への流入量(Qin)>放流量(Qout)でゆっくり放流量を増加しています。

C14日21:00

しかし、台風の本体は四国で離れているにも関わらず
雲がかかり続けて先行降雨が降り続いていました。

このままでは累加雨量で500mmに到達の可能性が出てきたのです。
・累加雨量が500mmを超えるという予測が出た場合
治水協力の計画は上位の物へと移行します。

“EL283.0m+27.5m”よりも一つ上の段階の
暫定目安水位Aの“EL283.0m+26.0m”まで
水位を下げる計画に変更されました。

この時、すでに貯水位は暫定目安水位Aより50cm以上高くなっていました。
流入量より放流量を多くしないと貯水位は下がりません。

D降雨予測に従い、放流量を増加しつつ
繊細なゲート操作でぴったり貯水位を
目標のEL309.0mに合わせたところ。

目標水位に到達した後は降雨のピークがいつ来るかを
放流量横引きで状況維持しています。

過去の似た経路を通った台風のデータを解析します。
平成16年6号台風(T0406)や平成16年23号台風(T0423)の経路が類似していました。

最大流入量3000m3/s超過の可能性が出てきたのです。
勘弁してください…。

※ちなみに池原ダムの既往最大流入量は平成6年の台風26号で(T9426)の時の5087m3/s-h
※近年の3000m3/s超級は平成30年台風20号(T1820)の3969m3/s-h
※m3/s-h(時間平均)

紀伊半島大水害(T1112)が一位じゃなかったことに少し驚き。

E2019年8月15日17:00

降雨ピークを見据えて1460m3/s放流で維持していたのに
降雨予測の容赦ない仕打ち。

電力所は3000m3/s入ってくると予測しました。
昨年のT1820に匹敵する降雨の予測です。

北山川と十津川の合流点の下流にある日足地区が
浸水する可能性がありました。
それを見ての1460m3/sから1230m3/sへの放流量低減です。

降雨予測では台風本体の2山目、台風通過後の3山目の雨が
予想されていたのです。

大変な大規模出水となる可能性がありました。
それを踏まえて200m3/s絞って1230m3/sで
降雨状況を観視することにしたのだという事でした。

この時、まだピークが来ていない。
ピーク来ていないのに!!
この判断何故できるんだ!!
怖い!!

でもいけると確信しておられるから水位下げているわけで
想像するともう萌え萌えで大変。

貯水池が大きいことは全てにおいて正義だと思うっ!!  

F2019年8月15日21:00
西日本支店からもう少し絞ることは可能かと打診があったそうです。

多分、近畿地方整備局とか和歌山県とか三重県とかあっちこっちから
支店にがんがん連絡が入っていたのではないかと妄想。

下流の日足地区の水位がさらに上昇し浸水する可能性が高くなったことで
1230m3/sから1030m3/sへの更なる放流量低減を実施されました。


この頃、降雨が収まってきていたわけではなくむしろ逆!
断続的に降り続いていましたし
予測ではこの後もう1山、台風通過後の3山目が来ると
予想されていたのです。

しかしここで貯水池の余力と台風の位置を見て
放流量低減が可能であると判断されたのです。

池原すごすぎる!
カッコよすぎて泣く!

いや、風屋もめっちゃかっこいいです。
昨年のT1820の池原ばりの遅らせ操作だし。

G2019年8月16日01:00
最大流入量1913m3/s-hを記録します。
この時の放流量は1030m3/sでした。

H2019年8月16日05:00
今回の最高水位、EL312.52m


流入量低下に合わせて放流量も絞り込んで
水位の回復を図っています。

池原ダムのある北山川の特徴は
流入量の立ち上がりが早いことと同じくらい下がるのも早い事
なのだそうです。

タイミングを間違うと水位回復が困難になり利水ダムとして大ダメージです。

解説を頂いて
何という高度な操作なのかとうっとりしてしまいました。

紀伊半島の殿山ダム、風屋ダム、池原ダムの操作は
治水協力を踏まえた高度管理が実践されている利水ダムとして
名実ともに日本トップクラスだと私は思います。


令和元年、台風19号では中部、関東、東北に大変な被害が出ました。
各地のダムが頑張りましたがあまりの雨量に氾濫、破堤も多数発生しました。


令和元年11月末に突然、ニュースに流れた「ダムの事前放流について」の要請。

ダムによる洪水調節機能が正しく評価されるのは嬉しいのですが
事前放流という単語が独り歩きしてしまわないかがとても心配です

更に12月12日、首相官邸のHPに
「既存ダムの洪水調節機能の強化に向けた検討会議」
の発表がありました。

その中の 「既存ダムの洪水調節機能強化に向けた検討会議(第2回)議事次第」で
参考資料「利水容量の活用事例」に用いられているハイドログラフは
水資源機構の草木ダムがT1919と戦った記録
そして発電用ダムの治水協力として取り上げられているのは
T1910と戦った風屋ダムと池原ダムなのです。

◆ ◆


令和元年台風19号(T1919)における草木ダムのハイドログラフです。

10年以上前から流入量予測方式による洪水時のダムの高度管理で
水資源機構のダム操作は数々の殊勲を立ててきました。
その操作を取り上げた論文でも
“降雨予測を基にダム貯水池の残容量と下流河川の水位から
放流量を、極めて短時間のうちに決定するもので
高度な管理体制(能力・技術・人員)が必要である”

と、されています。

水資源機構のダム操作はどんなダムでも出来る操作ではないのです。

そして


紀伊半島の発電ダムで行われている治水協力は
どこのダムでもできるようなものではないのです。

令和元年台風第10号に伴う大雨による近畿地方の河川の概要

国内初のドームアーチとして
生まれながらに持ち得る最高の装備
クレストゲート6門、オリフィスゲート6門を
備えて降臨した関西電力の殿山ダム

アーチダムとして国内最大、3億3800万m3の貯水池を有する池原ダム
そして1億3000万m3の貯水池を有する風屋ダム

洪水を引き起こす危険のある台風、前線が接近してきたら
どれだけの雨が降るのかを予測し
放流計画を立案し
予測通りに降らない雨を見極めながら
下流に急激な水位変化を起こさないように
少しずつ放流量を増加して
洪水量に到達したら繊細なゲート放流操作を実施
降雨が落ち付き、ピークを超えたら後期放流に備え
貯水位を目標水位にまでもっていく

この基本となるダム操作だけでも
本当に大変なことなのです。
ゲートを持つダムの宿命です。

それに加えて

貯水位に余裕があれば降雨が収束する前から
目標水位まで水位を回復させる計画を立て
放流量を絞る時にも下流の水位に急激な変化を起こさないようにして
発電用利水ダムとしてその仕事を全うするために必要な水を確保する。

この最高難度のダム操作を可能にしているのは
竣工してからずっと蓄積されてきたダム操作と降雨予測の英知に他なりません。

◆ ◆

“AIに任せたらもっと精度の高いダム操作ができる”などと平気で口にする人は
ダム操作をこれっぽっちも知らないのでしょう。

少し先の未来では実現するかも知れませんが
少なくも今のレベルの人工知能に任せたら
あっという間にダムを空にして(人工洪水発生のハイリスク)
貯水位の回復も出来ずに(無効放流による渇水)
洪水の後の人の暮らしを支えるインフラとしても役目も何もかも
放棄してしまう操作をすることは容易に予測できるのです。

実際に洪水時に操作をしていたダム管理所の方の声がその裏付けです。

雨域は過ぎ去り、空を見れば青空も見えている
その状況で降雨予測はこの後、更に200mmもの雨が降ると予測していた

レーダーを見ても空を見てもその予測がおかしいことがわかる

だから余力がほぼなくなるまで容量を使い切って耐えているダムに
異常洪水時防災操作へ切り替えず本則操作で耐えきった

本当にどうしても必要となれば上流に控えるゲートレスダムの
洪水期にゲートレスとして運用するオリフィスゲートを
制水ゲートで塞いででも耐えきる覚悟

下流で発生している氾濫の被害を見据えて
人のために生まれたダムとして出来得る全ての方策をとるという覚悟

平成27年9月関東・東北豪雨で豪雨と戦った五十里ダムと湯西川ダムの事例です。

人工知能はパターン化されたデータの積み重ねから解を導き出すことに長けていますが
日本という国の雨の降り方は極めて予測困難です。

何度も書いていますが大陸で採用されているPMP(可能最大降水量)という考え方が
日本では通用しません。
横に無限の雨雲供給源である太平洋があるからです。
そして国土は最大で幅300kmの島の中央に3000m級の山脈が連なる山岳国。
地形性降雨の複雑さも他の国と比べ物になりません。

そして毎年、台風がやってきます。
前線性降雨がやってきます。

この条件で我が国においてダム操作にかかわるダムエンジニアの皆様が導き出した最適解は
過去の降雨を読み解き、積み上げられた英知を結集して精緻なゲート操作を行うこと
だったのです。

事前放流が行われれば大丈夫だと思い込む(思いこみたい)正常化バイアスと短絡思考も
他のダムで成功している治水協力をどこのダムでも同じように実施できるだろうという誤解も
全力で否定しなくてはなりません。

数十年前のダムの記録にも表わされ
未だにその誤解を解こうとしても解けなくて
ダム管理現場の方が苦しんでいる呪があります

流域の方が“ダムがあるから大丈夫と思い込む”呪。

これを祓う為にどうすればいいのか
素人なりにしっかり考えて行きたいと思います。