T1318 その5

そして瀬田川洗堰の全閉。
これが無かったら天ヶ瀬ダムは宇治市街を守ることはできなかったかもしれません。
写真は9月16日、am7:30頃の撮影です。
災害渋滞に巻き込まれて滋賀県から脱出しようと必死だった時に
瀬田川洗堰横を通った際に車内から撮ったものです。
もう一回登場
国土交通省 近畿地方整備局 淀川ダム統合管理事務所
水資源機構 関西支社
「台風18号豪雨における淀川水系ダム群の治水効果について」
↑ この資料中には文章だけでハイドログラフは載っていませんが
昭和47年以来封印されていた瀬田川洗堰全閉操作が行われました。
50t/s放流していたものを15t/sに絞り
9月16日2:40〜13:30の間、完全に止めたのです。
◆ ◆

琵琶湖には大小400本もの河川が流れ込みますが
出口は3つのルートしかありません。
琵琶湖疏水 第一疏水取水口
琵琶湖疏水 第二疏水取水口
二つ合わせて琵琶湖疏水で京都へ出ていくルート 約20.0t/s
関西電力宇治発電所取水口
宇治発電所経由で宇治川(塔の島の右岸)に出ていくルート 最大取水で60.0t/s
そして
残りは全部、瀬田川洗堰を通過して天ケ瀬ダムに到達するのです。
そして瀬田川だけでなく
大戸川、信楽川、大石川、田原川といくつもの河川からの水が
天ケ瀬ダムまでの間に合流してきます。
天ケ瀬ダムの洪水調節容量は2000万m3です。
これで琵琶湖と周辺河川からの水を調整しなくてはなりません。
◆ ◆
瀬田川洗堰の全閉を行うと
琵琶湖の水位は当然上がっていきます。
しかし、今回の台風18号で行われた約12時間の全閉操作でどれだけ水位に影響したかというと
最大でも10cm程度だったそうです。
今回の台風で琵琶湖の水位上昇率は過去最大となりました。
極めて急激に水位が上がったのです。
大量の降雨が短い期間で集中的に広域に降ったことを教えてくれます。
琵琶湖の歴代最高水位は
明治29年の台風と前線による被害で
B.S.L.(琵琶湖基準水位)+3.76m
もうどれだけ高いところまで水につかったのかと…
浸水面積は約14800haに達し浸水日数は237日にも及びました。
水資源開発公団(現・水資源機構)による琵琶湖開発で湖岸堤や排水機場が整備されてからでは
平成7年5月出水で記録されたB.S.L.(琵琶湖基準水位)+93cmが最大です。
今回の台風18号の水位はそれに次ぐB.S.L.+77cmでした。
今回の台風では最大6000t/sもの流入がありました。
しかし、琵琶湖疏水、宇治発電所、瀬田川洗堰のすべての放流量を足しても最大880t/sしかありません。
6000-880=5200 この差はどれだけ頑張っても琵琶湖に溜まってしまう分なのです。
新聞によっては「全閉操作をしたから琵琶湖水位が1mも上がったんだ!」
という論調の物がありました。
違います。
最大6000t/sもの流入があった事が水位を上げた原因なのです。
酷い話だなぁと思いますが、滋賀県の琵琶湖周辺に長くお住まいの方には
こういう見方をしてしまう方が少なからずいるという事もお聞きしています。
それは過去の水害の記憶です。
一度上がったらなかなか水位が下がらないのが琵琶湖です。
とにかく大きいし水の出口は限られているし。
なので中小洪水では全く影響がないのですが
今回のような大出水では話が変わります。
明治29年の台風と前線による被害 B.S.L.+3.76m 浸水面積:約14800ha、浸水日数:237日
大正6年の台風被害 B.S.L.+1.43m 浸水戸数5000 浸水日数:50日
昭和28年の台風(T5313 山城大水害の台風) B.S.L.+1.0m 浸水面積:約6000ha、宇治川左岸堤決壊で宇治市街の約2800haが浸水
昭和34年伊勢湾台風 B.S.L.+0.87m 浸水戸数:2125
昭和36年7月梅雨前線 B.S.L.+1.10m 浸水面積:約4688ha
昭和47年7月梅雨前線 B.S.L.+1.12m 浸水面積:約3377ha
・・・
何度も浸水し、その水が退かない事で生活に多大な被害を受けてきたお住まいの方。
1cmでも水位は低くなって欲しいその気持ちがとても強くあるのだと思います。
しかしどれだけ頑張っても水は出ていきません。
琵琶湖の治水は浸水しやすい低地を守る堤防と
低地の水をできるだけ早く輩出するためのポンプ場が重要なのです。
これらの整備が琵琶湖開発で進められました。
◆ ◆

琵琶湖開発で整備された湖岸堤です。

ついついただの道路だと思ってしまいますが
湖岸堤の上に道路が通っているわけです。

琵琶湖水位が高くなると流入する河川の水は行き場を失って河口付近で氾濫します。
これが内水氾濫です。
それに対して設けられたのが排水機場(水門とポンプ場でセット)です。

こちらが排水機場のひとつ、津田江排水機場の水門です。

こちらが水門に隣接する主役のポンプ場。
これらの排水機場の設置基準は
「流域面積が300ha以上の河川」
「B.S.L.+0.8mで湛水面積が30ha以上で、湛水深30cm以上の湛水面積が1ha以上」
です。
この基準に加え「洪水時に湛水する場所が水稲栽培の水田」という事で
排水機場のポンプ能力が定められました。
水稲は30cm程度の冠水でもダメージが少ない農作物です。
ポンプで2日間ほどかけて氾濫した水を琵琶湖へ排出して
湛水期間を短くするものです。
しかし、今、問題になっているのは
これらの湖岸堤や排水機場の整備で
洪水被害が少なくなった事で
もともと洪水時に水に浸かる場所を水田ではなく畑地にしたり
住宅地として開発したりしている事です。
水稲ならば2日間水に漬かっても被害は少ないですが
(米としても等級は落ちてしまいますが)
畑地や住宅が2日間も水に使ったら大変な事になります。
琵琶湖の排水機場がどれだけ頑張ったかは
水資源機構の琵琶湖開発総合管理所の発表をご覧ください。
↑ 滅多に見る事が出来ない珍しい排水機場の効果を見られるグラフも今回公開されています。必見。
◆ ◆
これほどの流入がある時に
湖岸にお住まいの方の暮らしと生命を守るために必要な治水対策は
県管理河川の河川改修(堤防強化)です。
しかしこれが進んでいません。
今回の台風で琵琶湖水位上昇は瀬田川洗堰の全閉操作のせいだと言う声がまたまた上がりましたが
滋賀県は国に対して全閉操作について特に申し入れをしなかったようです。
それは12時間の全閉操作が琵琶湖水位上昇に与えた影響が最大でも10cmだったという事を
滋賀県が一番知っているからなのではないかと思います。
でもどこの自治体も整備したくてもお金ないですから・・・
だからと言っていきなり浸水する土地に住む人に罰則付きの規制をかけようなんて
ちょっと話のもって行き方が急過ぎるんじゃないかと思います。
まず最初に洗堰を全開にしても大規模洪水時は吐く能力に限界があるんだよという事を
正しく県民の方に説明して理解していただいて
それから説明しないと分かってもらえないのではと思います。
そうでないとなんて乱暴な意見だととらえられても仕方ないです。
◆ 鳥居川観測所の水位データについて ◆
瀬田川洗堰のハイドログラフは見当たらなかったので
近辺の水位観測所のデータをいつもの水文水質データベースで調べて
鳥居川水位観測所のデータを見てみました。
琵琶湖水位を語る時によく出てくるこの鳥居川水位観測所のデータ。
※注意:グラフの線が青ですのでこれは暫定速報値です。
しかしなんとなく不思議なグラフ。
実際の水位は全閉中にもふらふらしながらピークに達しています。
これは琵琶湖の特性を現しているものと思われます。
琵琶湖には静振という現象があります。
アクア琵琶の展示で詳しい説明があります。

鳥居川水位観測所は瀬田川洗堰に近く
洗堰操作や、この静振の影響が大きい事から
現在、琵琶湖水位は5か所の水位観測所の平均値とするように定められています。
従いまして
一か所の水位観測所のデータだけを追いかけると色々騙されます。
◆ 洪水のボリューム差で川に起きる現象について ◆
今回、水文水質データベースを見ていて
川の合流点で起きる現象も分かりやすく記録に残っていたので
おまけで説明です。
瀬田川洗堰下流500m地点にある瀬浚水位観測所のデータ。
※注意:グラフの線が青ですのでこれは暫定速報値です。
こちらは瀬田川と大戸川の合流点下流にある関ノ津水位観測所のデータです。
※注意:グラフの線が青ですのでこれは暫定速報値です。
瀬浚水位観測所とほとんど同じ水位変動です。
瀬田川洗堰が全閉操作を行ったにも関らず
瀬田川洗堰直下の瀬浚水位観測所の水位は大きく下がってはいませんし
なにより波形がそっくりです。
これは瀬浚水位観測所の下流で合流している大戸川の流量が尋常ではなかった事を教えてくれます。
河川の合流点で一つの河川の流量が減るともう一方の河川の水が下流に流れやすい状態になります。
そしてこの合流点から瀬浚水位観測所の位置が近いために
大戸川からの水が瀬田川の上流方向に押しているのを反映していると考えられます。
川の合流点ではこういう事象が起きるのです。
支川と本川ではボリュームの大きい本川の水位に負けて
支川で内水氾濫が起きる事があります。
もし大戸川ダムができていたら・・・
タラレバ話は災害の時には、特に洪水の後で言うのは反則だと分かっていますが
それでもこれだけの水が大戸川から来ていたという事を知ってしまうと
大戸川ダムができてさえいたらもっと被害は少なかっただろうに・・・と考えてしまいます。
今回の台風18号襲来時に大戸川ダムはありませんでした。
しかし琵琶湖には上流の治水・利水の為に進められてきた琵琶湖総合開発の中の
水資源開発公団(現:水資源機構)の琵琶湖開発事業による湖岸堤と排水機場整備がありました。
湖岸堤が無かったら低い土地は冠水していたでしょう
排水機場が頑張らなければ内水氾濫は長期化した事でしょう。
上流で進められていた治水対策があったからこそ
12時間の限定で天ケ瀬ダムの洪水調節能力を最大に使い
宇治市街を守るために瀬田川洗堰全閉の判断ができたのだと思います。

天ケ瀬ダムは再開発が始まっています。
今進められているのは下流にある白虹橋の架け替え工事です。
トンネルバイパス洪水吐の吐口を新設するために橋を移動しているのです。
今よりもたくさんの水を吐けるようにして
琵琶湖の水位をコントロールするために。
瀬田川洗堰が全閉操作をしなくてもよくなるようにして
上流の治水と下流の治水を両立するために。
既往最大の流量を超える水が来ても大丈夫なようにする
世界遺産を多数抱える宇治市街と人の生命と暮らしと財産を守るために。
塔の島地点の疎通能力はさらに強化されなくてはなりません。
その為に工事が進んでいるのです。
宇治川の守護 天ケ瀬ダム
竣工してからずっとずっと過酷な出水と戦ってきました。
そして年々、激烈になる台風と戦い続けるために
今よりももっと強く
今までよりも安心できるように
その再開発が順調に進む事をお祈りしています。
大変な洪水調節・防災操作、お疲れ様でした。