相楽発電所取水堰堤 見学 その5

下流を見るとJRの鉄橋と
木津川ダム総合管理所様と淀川ダム統合管理事務所様が
出水の度にハラハラして観測をする有市地点の水位観測局舎
さらにその向こうに潜水橋と道路が低くなった有市地区。
出水がない時はとてものどか。
なので下流で水遊びをする人たちが川を上って
この堰堤まで着て施設に上がり込み
時に飛び込みとか(そんなに水深ないのに…)して
はしゃいで羽目を外されたりするので
管理されている関西電力様が困っているという。

なので周辺の町道をはじめあちこちに立入禁止区域が表示されていました
川の中の岩場は河川ですから自己判断で登ろうが流れようが結構ですが
発電所施設には侵入されては困ります。
それとは別にこの図と現場の様子を見ると
どうもこの場所はもともと広い岩場であったのではないかと思われます。
その岩場の落差を見てうまく堰堤が作られたのではと思えるのです。

「発電所の建屋がとても高いところに造られていますでしょう」
「はい。なのでついつい、どこまで水位上がるのかなーと思っちゃいます」
「昔、洪水があったので高い所に建屋を作ったんですが
発電所は地下なので落差はとても小さいのです」
「たしか・・・3.3mとか」
「もっと落差があったらたくさん発電できるんですけどね」
「落差ほしいですね・・・」
見学後にお聞きしたのですが
相楽発電所は関西電力様で唯一の『ダム式で流れ込み式の発電所』
そして落差は関西電力様の管理施設で最も小さい3.3mの発電所だったのです。
発電量ではもっと小さいところもあるそうですが落差が一番小さいとは!!

閘門に戻ってきました。
下流側から閘室部分を見たところになります。

下流側のゲートは除却されましたが操作するための
巻上機の類と思われる一部はそのまま残されています。

船を引きよせたりする時に使われたのであろう巻上機もありました。
もうワイヤーも繋がってはいませんが。

「あそこに面白い物が残っているんですよ」
「・・・?え・・手押しポンプですか」
「今はもう出ていませんけど、昔、炭酸が出ていたそうです」
「炭酸取水ポンプ」
「近くの旅館の人とが取りに来ていたそうです」
「なるほどーっ。名物で」
笠置町の温泉旅館では炭酸泉のでているところもあるようですし
そういう地質なんですね。

昭和3年に竣工した相楽発電所。
とても小さい落差の発電所です。
竣工当時、電力の増強は急務でした。
堰堤の上に並ぶ決瀉板は第一次世界大戦の後
軍需産業の電力を賄うために国策により設置したものであるとお聞きしました。
少しでも落差を稼いで
できる限りたくさんの電気を生み出そう
そんな健気さが、けして高くはない堰堤から伝わってきます。
そして流域の人の暮らしのために流筏路と閘門
木津川の魚のために丸石で丁寧に作られた魚道
普通の取水堰堤にはないほどの豪奢な装備です
今は使われていなくても
それらから伝わってくるのは
当時のダム技術者の方々の流域に対する気配りです
これらを一度に見て感じられる取水堰は中々あるものではありません。
町道から見る分には自由ですので左右両岸から愛でることができます。
立入禁止区域には侵入しないようにお願いします。
関西電力 奈良電力部様
貴重な見学をさせて頂き
本当にありがとうございました。
おまけ
見学後にまだ調べる図書館大好きな自分

凄い本見つけちゃったー。
建設省時代の木津川上流工事事務所様 編
「木津川史」

閘門についてと舟運についてもばっちり記載がありました。
上流の大河原発電所取水堰堤についての記載もあります。
相楽発電所の閘門設備はいつ壊れたのか分かりませんが
戦後はもう使われなくなっていたことが分かりました。