令和2年7月豪雨 その2

令和2年7月豪雨の中でも非常に被害が大きかった
熊本県の球磨川流域について調べました。

まず最初に見たのは当然京都大学防災研究所様の速報。


京都大学防災研究所 2020年7月球磨川水害速報(市房ダムに着目して)

コンパクトにぎゅうっと知りたい情報がまとまっていてしっかり勉強できます。


人吉市をはじめ、流域で災害が発生した頃の降雨状況です。


球磨川は本川、支川にいくつかのダムがあります。

上流から
市房ダム(熊本県)
幸野ダム(熊本県企業局)
清願寺ダム(熊本県農政部)
瀬戸石ダム(J-power)
油谷ダム&内谷ダム(九州電力)
(大久保溜池はギリギリ、ハイダムですが河道外施設なので除外)

ですが洪水調節を目的に持っているの熊本県の市房ダムだけです。

清願寺ダムには農地防災が目的に入っていますが
あくまで灌漑が主体です。


市房ダムのハイドログラフが載っているのは二か所。
こちらのページでは上流域の平均雨量のハイエトグラフと一緒に載っています。


市房ダムの洪水調節、防災操作のハイドログラフ、詳細です。
上のハイエトグラフはダムからいうと下流の人吉市のデータになります。


見ていてまず気になるのは「事前の放流」の文字。

昨年末から業界のホットワードになっている『事前放流』ではなく『事前の放流』です。
“の”があるのとないのとで意味が変わってきます。

洪水が来ることを予測して
貯水池の洪水調節容量を確保するために
あらかじめ決められた水位まで低下させる放流には
「予備放流」と「事前放流」という種類があります。
ダム操作を各地のダムでいろいろ聞いて勉強してきましたが
対応してくださったダムによってこの用語の使い方の説明も
自分のところのダムの操作で説明されるために
(誤りを言っているのでなく自分のところの操作規則で説明されるから)
なんでこんなに定義がダムによって異なるんだろうと
大混乱してきました。
すっきり解決したのは数年前です。

予備放流は本則操作
洪水が予測されるときにあらかじめ定められた予備放流水位まで貯水位を下げる操作が
操作規則に定められているものです。

事前放流は特別防災操作
洪水を待ちうける時でも利水のために放流せず確保しておかなくてはいけない容量がありますが
それも利水者の協力と理解の下、降雨で回復できる予測を信頼して放流し
洪水調節容量を空けるというものです。
◆ ◆
この降雨の時に市房ダムは事前放流はしませんでしたが予備放流は行っています。

でもその直後の報道は
市房ダムは事前放流していなかった
という点を強調して伝えているところが多数ありました。

年末から内閣府が盛んにPRしている事前放流を
球磨川のダムはしていなかったと伝えたのです。
市房ダムが予備放流している事の意味も理解しないでです。

7月8日の熊本日日新聞の記事です。
異常洪水時防災操作を回避したことを書いています。

事前放流が球磨川の6つのダムで実現しなかったと書いてあります。
そしてその中に“利水目的もある市房に加え”という言葉が出てくるし
直下の小さい小さい幸野ダムまで上がっていて頭が痛くなります。
前の県知事が撒いたダムアレルギーの種を芽吹かせようとしたのかな
単語の意味もあまり理解せずに書いちゃったのかな
と、勘繰りたくなります。

こういった勘違い、よく分かっていない記者の文章が
読者をさらに混乱させていくために
京都大学・防災研究所の角先生はわざわざ言葉を選んで
“事前の放流”と書いてくださっているのです。


矢印で示された事前の放流の期間で貯水位が下がっています。
グラフの青色の線です。

洪水調節容量を確保しようと頑張ってくれているのがこんなに明確に示されているのに
報道はそれを読み解こうとしたのかしなかったのか事前放流との違いを
正しく伝えようという事はしていません。
違いが理解できなかったのかもしれないけど。

一応、後日譚として…というわけでもないですが
最近は、不正確な妄想記事に負けないスピードで
事実を正しく分析した情報も世に出てきますので
それを見て後日修正、こっそり記事にする、というのが出ているのは目にしています。


いつものように川の防災情報のスクリーンショットで数字をとり
自力で書いた市房ダムのハイドログラフです。
データの漏れがあって途切れているところと
最後の最後でデータがとれていないところがありますが。

こうしてみると何度も何度もピークが来ています。
氾濫が発生した後に何度も来ています。


気になるのは官房長官からの発表があった
市房ダムの氾濫発生後に行われた事前放流についてです。

市房ダムの洪水量は300m3/s。
4日から5日にかけては後期放流と思われますが
6日にまた降雨があります。
更に翌日の7日にも。

これは詳しくお話を聞かないといけないなと改めて市房ダムに取材を申し込もうと決めました


この豪雨の後にもう一つ気になったのは木曽川水系でした。

直後から、事前放流が効果を出したぞ!! という報道がいくつも出ていたのです。


球磨川では事前放流していなかったと言われていた後だっただけに
木曽川では成功したぞとばかりに対比が凄かったです。


悪意のない事実を正しく伝えている報道の数々に少し驚きつつ
一類のダムの管理をしておられる方にメールで質問したところ
「春先から渇水気味で水位低かったからというのもあります」
と、とても控えめなコメントを貰ったりしていました。


11月3日に行われたwith Dam Night at Homeで
木曽川上流河川事務所長様の発表で詳しいことが分かりました。

通常の一類のダムとは違う治水協力に基づく操作が行われていたのです。

木曽川上流河川事務所様から発表された資料
とにかく効いているのが上流の一類のダムの貯留です。


最上流の多目的ダム、味噌川ダムも頑張りましたが
そもそも味噌川ダムの集水域にはあまり降っていなくて
山を挟んで西側の三浦ダムと牧尾ダムがある王滝川
更に西側の飛騨川上流でとんでもない雨が降っていたのです。

飛騨川の最上流では土砂崩れが発生し道路も寸断され
支川の合流点で氾濫も発生しましたが
岩屋ダムが力強い防災操作で乗りきってくれました。

そして王滝川では三浦ダムと牧尾ダムが
“一類のダムの実力を見せてくれる!!”
と、ばかりにがっちり貯め込んでくれました。


でも一番驚いたのはこの“水位を上げないように操作”をしたこと。
事前の放流としてこういう操作を実施したことです。

一類のダムは巨大な貯水池を有していますから
洪水時はまず貯留するのです。
そして洪水量に到達したら遅らせ操作で放流を開始します。

その一番最初の貯留をしないことで
貯水池の容量を、後に来ると予測されていたピーク時の降雨で使うという
今まで聞いたことのない一類のダム操作だったのです。

カッコいい!!
やっぱり三浦凄い!!
ホントにカッコいい!!
一定率一定量のダムのようにピークがくるたび
綺麗なステップで放流量上げてピークカットしているのも良いっ♪
さすが三浦!!
泣けるくらいカッコいい!!

治水協力で効果絶大な3憶m3以上の貯水池を活用する池原ダム
発電ダムとして最強装備+高度管理の殿山ダム
そこに
降雨予測を基に狙いを定めての貯留コントロールという三浦ダムの新技が追加です。

発電ダムの治水協力、ホントにホントに超高度な操作、素晴らしい。


報道が正しく理解しない、わざと間違っているんじゃないかと思われるくらい
事実を書かないこと。

対立する意見両方の言い分を一応聞いて
社の意向に沿った片方だけを取り上げる手法で印象操作
嘘は言っていないけど公正な報道ではない

ここ10年くらいで新聞記事はこの薄汚い手法をよく使うようになってきました。

それが指摘されるようになると、記事の最後に社の意向に沿った意見を掲載して
まとめる手法も横行しています。

ダムに限らず、COVID-19でもそうですが
専門家の意見を正しく理解することが必要です。

SNSの普及で専門知を否定することが何か正しいことのように錯覚して
正しい知識に背を向けることが良いことだと錯覚する人も増えていると聞きます。

報道に携わる方も出てくる記事を目にする方も
専門家の言葉に耳を傾けることが大切だと思います。

令和2年7月豪雨

各地のダムは頑張りました。
頑張らなかったダムなど一基もありません。

それを知ってほしいです。