大井ダム 100周年 その2


管理道路をどきどきワクワク下って堤体のすぐ近くまでやってきました。


おおおお!!
大井ダムのゲートをこの位置から見上げられる幸せ♪


向こう岸の同じ高さから見た~い♪
と、関西電力の方に申し上げたら、真顔で
『左岸は道がめっちゃきついから無理、というか行きたくない』
という旨のお返事でした。

よほど行きづらいらしい。


エプロン段々を至近距離で愛でられてうっとり。

鉄バクテリアのオレンジとコンクリートの白と陰影がとにかく見事。

鉄バクテリアの色があるせいで堤体の中の鉄筋が錆びて脆くなっているのでは
という人がいますが、ダムは堤体の上部工とかほんの一部にしか
鉄筋なんていれません。

鉄筋が無いから永く持つしコンクリートの強度も年々増していたりするわけですが
これは見た目のインパクトが強いせいかいくら説明しても
納得してもらいにくいポイントではあります。


発電所はダムから少し離れてさらに低いところにあります。
木の陰からちらっと見えているのは新大井発電所の建屋です。


発電所への道中、一番喜んでいたのはよっしー様でしたね。
るんるん。


新大井発電所の搬入路のシャッターの前には
こんなに高く、角落しが入れてありました。

この角落しの役目はもちろん止水です。


大井発電所建屋にご案内されている時に
背後のサージタンクが気になって仕方がない。

カッコよすぎてサージタンクばっかり撮ってました。


発電所内のお部屋で見学前の説明を受けます。

電力王・福沢桃介が開発した木曽川の電気。
大井ダムの凄さ。

発電所の方から『大井発電所の発電形式は何かわかりますか』
という質問があった時に、私は繰り返し
『ダム式です。ダム水路式ではなくダム式です♪』
と答えました。

発電所の方も
『解かってて言ってるでしょうwww』
と、余裕で返してくださっていたわけですが。

なんでこの点にしつこくこだわっていたかというと
新大井発電所ができる前の古文献で大井発電所は
ダム式と書かれているのです。
それも複数の文献で。

ですが、今は発電所データベースでもダム水路式という記載になっています。
そしてダム式なのは新大井発電所の方になっているのです。

納得いかない。
全く納得がいかない。
両方、ダム式のはず。

発電方式は水の使い方の区分
発電形式は落差の稼ぎ方の区分
と、覚えているので納得がいかない。

という事でしつこく食い下がっていたという話なのです。


これは古文献にあった大井発電所の平面図です。
赤丸で囲んである部分に水路があります。


こちらは断面図になります。
取水口からサージタンクまでの間は非常に緩勾配で
落差を稼いでいる感がほとんどありません。
ダムの高さで落差を稼いでいるようにしか見えないので
ダム式だと信じているわけなのです。

ダム直下にできた新大井発電所はまさにダムの高さで発電しているので
典型的かつとても分かりやすいダム式発電所です。

それと比べると、すこーし離れたところまで水を届けるために
水路を持っているので区別するという意味もあって
落差を稼ぐという意味ではあまり関与していないけどわずかに勾配はあるし
大井発電所はダム水路式という事になったという事でした。

そんなオタクのこだわりにも優しく対応してくださる発電所の皆様に甘えて
大井発電所の貴重な設備、構造をしっかり見学させていただきました。


そして、どうしても見せて頂きたいとお願いしたのがここです。


よっしー様に撮影していただきました。

この壁の赤い線。
昭和58年台風10号による大出水で大井発電所が浸水した高さです。
出来たばかりの新大井発電所も浸水しました。

下流では丸山ダムが但し書き操作に至り
美濃加茂市で大変な被害が出た災害です。


大井発電所見学を終えて来た道を戻ります。
名残惜しいですが、翌日もまたここに観光放流を至近距離で鑑賞させていただくために
来ることができますのでそれを楽しみに今日はお別れ。

また明日もその河床の岩とコンクリートのエプロンの競演を愛でに来るからねぇ♪


という事で次にやってきたのは恵那市の中心街。
恵那駅周辺です。


町が大井ダム完成100周年イベントの幟で盛り上がっている様子を見たくて
よっしー様の車に積載していただいてやってきました。


お昼ご飯をどこで食べようかという相談の末
やってきたのはこちらのブラウンシュガー様。

お店の方に伺ったところ、丁度入れ違いになったけれど
同じ席で、同じダムカレーをいただいたダム愛好家の方がいらっしゃったとのこと。
東北方面からお越しだったという事ですぐに特定できました。

全国からダム愛好家がこの宿泊プラン付き見学会に集結していたので♪