厳木ダム 見学 その3


天端の端に「きゅうらぎダム」の文字。
うん。
地元の人は普通に読めるだろうけど“厳木”ってなかなか難しいから必要ですね。


天端道路なので車の行き来も自由です。


左岸からこの角度で見るとゲートが遠いのであまり色気がない。
角度を変えてみなくては色気が伝わらないようです。


しかし同じ場所から見下ろすとこれは素敵だフーチングの段々♪
これはここから見たほうが良いよい♪


そして天端左岸から見たほうが良いのはこれ!
堤体直下の減勢工。右岸側だけ側水路を採用しています。
厳木ダムは常用洪水吐と非常用洪水吐がセンターにまとめられているタイプではなく
アシンメトリーに右岸よりに配置されているタイプなので減勢工の形も変わっているのです。


そして管理所。
漫画の中でひどい目にあわされた管理所のモデル建屋。

ダムカードをもらいに中に入りましたがダムダムくんの姿は見当たらず。
うーむ。
片付けられてしまったのだろうか。


ではここで漫画の中でダムがひどい目にあわされた様子を
画から読んでみたので書いてみます。

国土交通省 海上保安庁の特殊救難隊が台風被害の洪水発生地域にレスキューしに行くという場面です。

島根県に前線が停滞し、大雨が降り続いている

どのくらいの雨かというと“年間降水量の約半分を4時間で降らせた”規模の降雨であると書かれています。

こういう雨は近年とても増えていて2012年8月のお盆真っただ中の京都府宇治市を襲った豪雨のように
極めてせまい範囲に尋常ではない雨を降らせるものも多くなっています。
前線を伴わない台風は行き過ぎれば雨はすーっと止んできますので
降雨予測は立てやすいのですが前線を伴った時には全く予想が立たないため
各ダムは流域の降雨量を見ながらそれぞれのダムに定められた
本則操作を厳守することが必要になってきます。
従いましてこのシーンではダムは絶対に本則操作をしなくてはならない
危険な状態であることを意味しています

下流ではすでに堤防が決壊している個所がある
洪水で市街地が浸水。水防団や自衛隊が出動して救助活動を展開している
浸水した市外に取り残された人を海上保安庁の隊員も参加して救助を始める
しかし、川の水位がどんどん上がっているので追いつかない

救助作業をするために出動した部隊長がダム管理所にゲート全閉を依頼

堤防が決壊した時に
早く堤防を閉め切ってくれという現地の方の声は切実ですが
堤防が決壊したという事は水が高いところから低い所に流れ出したという事です。
この水は流れ出した川の水位が低くならない限り、退いていかないわけです。

川の水位が下がる前に決壊した堤防に重機を運びオペレーターが命がけで
鋼矢板をたたきこんで土嚢を積んで流出する水を抑え込んだとしても
堤防の外に出た水は流れていく先(出口)がないとそこに溜まったままになってしまうのです。
なので堤防の外に水が出てしまった時は川の水位が
とにかく早く下がることが必要になってくるわけですが
川の水位をどーんと下げることができるからと言ってダムに全閉操作を依頼するなんて
単発台風なら言われんでも統合管理所が判断して実施しているだろうし
前線が来ている時にはアホかっ!言いたくなるようなとんでもない話です。
で、この漫画に描かれているように、実際に洪水時、破堤時に
全閉操作をしたダムってあるのかと調べたところ・・
ありました。
それも二例も見つかってしまった。
あら、どうしましょ。
あったんです。
ないと思っていたらあったんです。
ひとつは関東地方の事例で、関係者の方に聞くとみんな
聞いたことがある
話は知っている
と、いう大変インパクトのある古いお話なのですが
探しても探しても文書で出てこないんですねー。
調べ方が悪いんでしょう。
こういうのは業界誌で調べたら一発hitすることありますから。
昭和56年の茨城県小貝川の破堤です。
 
これは2011年秋に八ッ場ダム見学会に参加した折に
堤防決壊事例とその復旧対策工事をどう進めていくかをまとめたビデオを
バスの中で見せていただき座席から撮っていた写真です。
小貝川は利根川本川に注ぐ支川です。
右の航空写真で見てわかるように上から流れてくる小貝川の水に濁りはありません。
本川の利根川の濁った水が堤防から出ているのがわかると思います。
これは本川の利根川の水位があまりにも上がってしまったために
小貝川の上流からの水が利根川に出られなくなった事を示しています。
水は高いところから低いところへ流れますが
大きな河川を流れる水の質量が大きすぎると支川の水はその力に負けてしまいます。
内水氾濫というもので川の合流点でよく起きる氾濫がこれによるものです。
この小貝川の破堤はもともとあった樋門周辺が破壊されて決壊に至ったのですが
この時、一番にしなくてはならないことは本川の水位を低下させることです。
その時にとても偉い人が出した指示というのが・・・
“利根川上流のダムのゲートを全門閉鎖せよ!!”
というものだったらしい・・・のです。
しかしこれが実施されたのはほぼ間違いないという噂だけしか確認できず
この事例でのダム全閉操作というのはやはり伝説なのかと思っていた時に・・
ハイドログラフ付きで全閉操作見つかったー!!
洪水時の全閉操作。
何とご近所の京都府・天ケ瀬ダムで実施されたことがあったのです。
灯台もと暗しー。

昭和40年台風24号襲来時の天ケ瀬ダムのハイドログラフです。
赤色がダム湖への流入量、青色がダム湖水位、緑色がダムからの放流量です。
竣工したのが昭和39年の天ケ瀬ダムですから
竣工して一年目にいきなりこのとんでもない台風が来た事になります。
この時、下流では洪水が起きています。
天ケ瀬ダムのある宇治川、三重県から流れてくる木津川筋、京都府北部からくる桂川筋
これら三川が合流してできる淀川で洪水が起きた時
一本でも川の水が止められれば残りの河川は流れやすい状態となり
水位が下がることに大きく貢献できます。
だからと言っていきなり7時間にも及ぶ全閉操作って恐ろしすぎやしませんかー!!
天ケ瀬ダム凄過ぎる。
と、ここで全閉操作のハイドロ説明を始めるとページが何枚あっても足りないので
また別のレポートでまとめます。

ダム管理所長が一時間だけということでゲートを全閉

これって漫画の中でとはいえ、絶対にやっちゃいけないことなんで見ていて乾いた笑いが出てきました。
ダムは個々に定められた本則操作を厳守して放流操作を行います。
ただし、特例操作(特例操作・特別防災操作・異常洪水時防災操作)というものが存在するのは事実です。
特例操作とは2012年春に起きた“ホルムアルデヒドいきなり検出されて水道断水・大迷惑事件”の時に
利根川上流ダム群がホルムアルデヒド濃度希釈のために希釈放流を行いましたがこういうのが該当します。
特別防災操作とは名張上流3ダム連携操作による浸水被害の軽減や
東北地方整備局・三春ダムの全量カット操作など
本則操作を厳守しながらも適時適応で、より高度に降雨予測に基づいて行われる防災操作を示します。
これはどんな雨の時でも行えるようなものではありません。

先にも書きましたがこの雨域が通り過ぎたら必ず晴れる!!という確信がある時
つまり前線を伴わない台風の時にしか使えない高度なオペレーションです。
異常洪水時防災操作とは今までで使われていた用語で言うと但し書き操作の事です。
つまりこの漫画のシーンで言うと、いきなり防災本部の了解も得ず
河川の情報が集まっている統合管理の中枢の了解も取らず
いきなりダム管理所に応援に来たレスキュー部隊の隊長が電話して
現場だけやり取りでゲート全閉という絶対にやっちゃならん事をやってるんですね・・・
あほかーっ!!

こんなあほな判断する国土交通省のダム管理所の所長さんがいると思うなよーっ!!

こんなことでヒーローが生まれるのはハリウッド映画だけなんじゃーー!!
漫画にいちいちここまで突っ込むなよと言われるかもしれませんが
この原作者の方、緻密な取材で有名な方らしいので余計にドラマを作るにも
もう少し配慮があってもよかったんじゃないかと期待してしまう物でついつい・・・

救助作業が終了する前にダム湖に面した山で大規模土砂崩れが発生(したらしい)
ダム津波(段波)発生??
土砂崩れが管理所を直撃して(?)管理所が被災している
水位上昇による天端越流

ダム湖上流で土砂崩れが起きたために大量の土砂がダム湖に落ちてくることで
ダム津波(段波)というものが発生することがあります。
有名なイタリアのバイオントダムの事故などがこれにあたります。
バイオントダムは大災害を起こしてしまいましたが堤体は無傷で現在も建っています。
しかし天端にゲート巻上機やゲート支柱、同じ高さに管理所や発電機などがある場合
これらは間違いなく被害を受けます。
天端越流でゲートに甚大な被害を受けた例では
2011年7月 電源開発 平鍋ダム

また管理所自体に土砂崩れが押し寄せ被災した事例は
2008年7月 関西電力 利賀ダム
ダム津波はとても怖いので管理者は堤体だけではなく
周辺の山も監視しなくてはならないという理由の一つがこれです。
で、問題は
この漫画の中では天端越流するほどのダム津波が来たとしているのか
単にゲート全閉で水位が上昇して天端越流に至ったのか
そこがまったく書かれていません。
そして長い時間かけて天端の水が徐々に退いていることが読み進めるとわかるので
これはダム津波がきて天端越流したとは考えていないことが分かります。
あのー
厳木ダムはクレストゲート持ってます。
クレストゲートは自由越流式です。
ここが何かで詰まったというような様子はないんですけど。
つまり
自由越流のクレストゲートをこれだけたくさん持っているダムがですね〜
いきなりそれ全部越えて天端越流するって構造的な無理があるんですよ〜
でもそれが起きるってことはダム津波ぐらいしか考えられないわけですよ〜
でもダム津波の段波だったらよせてかえしてもせいぜい2回か3回で引き切っちゃうんですよね
でも漫画ではずーっと天端越流が続いていると書かれているから
理解不能で頭痛い
このシーンは何度見ても理解不能です。

ダム下流側の道路も土砂崩れで寸断
隊員たちがヘリコプターで管理所に行くとコントロールルームが被災してゲート操作が不能になっている(?)
管理所の所長がコンジットゲートの手動操作板でゲートを開ける為に一人で監査廊に入る

土砂崩れでダムにたどりつけないこと
これはよくあります。
年中行事だよね・・・というレベルで酷い目にあっているダムたくさんあります。
しかし
なぜ3階のコントロールルームが被災しているんだ
それにダムだけでなく、こういうライフラインを担う施設では
すべての機器は二系統以上で確保されているもんだが。
そして一番わけわからんのは所長さんが一人で機側操作盤を操作するために監査廊に入って行くところ
なんで一人で行く必要があるのか
そしてゲート操作をなめとる
ゲート操作ってどれだけ神経質なものか分かってもらえていないようです。
特に洪水でもない時に水位低下でゲート開ける時ですら
開ける前に点検して目視してCCTVカメラ見て計算して
慎重にゲートって開けるものです。
災害時だから雑な操作が許されるわけじゃありません。
災害時だからこそ、ゲートに異常がないか慎重に慎重に操作しなくちゃいけないわけです。
そんな大げさに言わなくてもあんな大きい鉄物がそんなに簡単に壊れたりしないでしょと
思う方もいらっしゃるかもしれませんが、流木の噛みこみはしょっちゅうあるし
ゲート動かしている途中に動作不良が起きてしまう事もまれにあるんです。
だから機側操作盤でゲート操作する時は必ず数名で動かないと安全に操作なんてできないんです。
つまり一人で操作なんて絶対やらないことです。

隊員の中の数名が監査廊に所長を迎えに行く途中、監査廊内に水が流入し浸水
所長がゲート室で取り残される
主人公の隊員が浸水した監査廊を潜ってゲート室に移動

漫画ではこの辺りで一体どういう構造なんだと疑問符続出のシーンが描かれていて
ダム管理所1階は膝上まで浸水しているのに監査廊入り口はドライなのです。
監査廊途中まで水の気配はありません。
つまり水は管理所が浸水しているのにもかかわらず上から来たのではないことに。
理解不能だ。
監査廊に水が流入した事例は三重県の三瀬谷ダムがあります。
これは5000t/sとも6000t/sとも言われる(水量観測機器が流失した為に不明)水量で
川自体が流しきれないほどであったために、ダム下流の河川水位が上昇して
ダムが下流から水没したたために堤体中ほどの高さにあった
監査廊入り口から堤体内に水が流れ込んで浸水したというものです。
しかし厳木ダムの場合は監査廊と外界がつながっている場所はコンジットゲートだけ。
つまりコンジットゲートの高さまでダムの下流から浸水しないと水が入ってくることはあり得ません。

これが厳木ダム。背高のっぽです。
あー
えーと
厳木ダムってさー
堤高117.0mなんだよねー
コンジットゲートの高さってさー
天端から60m位、下なんだよねー
基礎からでも40m以上上にあるんだよねー
つまりさー
ダム下流水位が40m以上、いきなり上がったって言いたい訳なんだな???
ダム下流からコンジットゲートの高さまで水位が上昇する事があるのかというと
これはありました。
九州電力の塚原ダムです。
塚原ダムは平成17年台風14号でダム下流600m地点で起きた
右岸の深層崩壊による河道閉塞で川を堰き止められ、わずか数十分で
67mも浸水したのです。
さらに閉塞してから50分足らずで河道閉塞土砂が決壊して
土砂と水が下流の山須原ダムに押し寄せました。
このようにダム直下で大規模な河道閉塞が起きた場合
下流水位が上昇することは有り得るわけですが
厳木ダムのある場所でそれは不可能。
ダム下流は広々と広がる扇状地。
この末広がりの土地でどこをどうやったら河川水位を40mあげるだけの土砂崩れが起きるのか。
実際、漫画の中でもそんな描写はありません。
というか普通に天端の水は退いていくしダム下流も
特にコンジットゲートからの放流を続けているようにしか描かれていないので
どこから水が入ってきたのか説明しきれていない・・・
これは無茶すぎてフォローできない

天端越流が止まる
クレストゲートとコンジットゲートから放流中
残りの隊員は天端に避難しその後、減勢工横に移動し網を張る
主人公と所長とコンジットゲートから放流にのって脱出を試みる
減勢工にロープを張って網を作り放流とともに出てくる隊員とダム管理所長を救助

もうなんで急に天端越流が収まるのか
コンジットゲートは所長さんが開けたから出ているんだろうけどすごい量放流しているような画だし
ゲートから水流に乗って出てくるとかホワイトアウトで
減勢工に網張ったとか、どうやっていつの間に右岸に渡ったのかと
突っ込みどころ多すぎで頭痛くてもう検証限界です。


こんな立地なので管理所の3階が使用不能になるほどの土砂崩れに会うとしたら
横の山が落ちてきた以外考えられない。
しかも1階浸水ってこれだけ下に開けていたら浸水してもすぐ水流れていっちゃいますし
せめて管理所の構造と立地だけでも別のダムをモデルに描いたほうがよかったんじゃないかと残念。

と、設定にあれこれ文句をつけていますが
漫画はドキュメンタリーではなくあくまでフィクションですから
そこはわかって設定に無理があっても楽しく読めたらそれが一番です。
ハリウッド映画の無茶に誰も突っ込み入れないように
映画だしー漫画だしーと、有り得ない話だと分かっています。

ただ、大変人気のある作品だったという事で
お読みになったダムを知らない方に誤解を招いたら悲しいので
明らかにおかしい点には突っ込みを入れてみました。

作品は20巻まとめて大人買いしたのですが
とても楽しく読めました。
海上保安庁の皆様どうぞご安全に!