EL 153

1982 年の夏

三重県中部地方は豪雨に襲われた。

九州から東海地方にかけ凄まじい風水害を引き起こした台風10号。

三重県内の死者・行方不明者は24人

『昭和57年水害』と、後に呼ばれる災害だった。

 

 

昭和57年7月22日にマーシャル諸島沖で発生した弱い熱帯低気圧は
西北西に進みながら発達を続け、24日3時、南鳥島の南南東、約1000kmの海上で
台風10号となった。

発達を続ける台風10号は毎時20qの速度で北西に進行。
29日21時には、硫黄島の南南東250kmの海上に達し
8月1日12時、鳥島の西350qから進路を次第に北へと変え始め速度を増した。
同日24時に志摩半島の先端をかすめ、渥美半島西部に上陸。中心気圧は970mb。

昭和57年8月1日 12時45分 気象庁から大雨洪水警報が発令。

同日 13時00分 三重県一志郡美杉村役場内に災害対策本部が設置される。

 


空は渦巻く雨雲で重く、低く、斑になっていた。

傘は役に立ちそうに無かった。
タオルを首筋に巻きつけ、河童を着て長靴に足を突っ込む。
この土地はいつも八手俣よりは雨の降りが弱い。
それだけに八手俣が心配だった。

堤体は無事に持ちこたえているだろうか?

君ヶ野ダムから30km離れた太郎生。

交通手段は徒歩のみ。

水田の稲は全て水に没し、水草のように流れに身を任せている。
家の前の道とて同様だった。

全ての物に降り注ぐ水がその表面を走り
道は川と化し、田畑は池と化し、山は緩んだ場所から崩れていた。

断続的な雨は更に強さを増し
顔に打ち付ける雨粒は重く、鋭く、
空からただ落ちてくるだけではない
悪意のような残忍さだった。

 

村役場のある八知への道は土砂で塞がれ
氾濫した川の水で水没していた。
道という道は川と化し、家々を襲い
村内13000世帯の内、3500世帯が避難所に移動していた。

崩れて押し寄せた土砂と水の圧力で坂道の舗装が
布地のように歪み、褶曲してアスファルトの階段と化していた。

村内を走る鉄道、名松線は押し寄せた土砂に埋まり
土手を鉄砲水に抉り取られ線路も枕木も浮いていた。

ダムのある八手俣までの道も既に土砂崩れで
通行できる状態ではなかった。

消えた道に渦巻く濁流。

太郎生を出て30時間後。
ダムへの林道に辿り着いた。

叩きつける雨の向こうに山から押し寄せた
大量の流木がダム湖面を覆っているのが目に入った。


天端を渡りながらゲートを見下ろした。
減勢工にはオリフィスゲートからの放水で
逆巻く水があふれんばかりになっている。
水銀灯の鋭い光すら目に届かぬほどの降りだった。

駆け込んだ管理事務所にはただならぬ緊張が満ちていた。

時間雨量 57mm。総雨量 600mm超。
通常の台風の平均的な雨量を既に超えている。

ダムへの水の流入は毎秒872立法メートル。
オリフィスゲートからの放水は毎秒380立法メートル。

堤体はゆるぎなくそこに在るかに見えた。
管理事務所の2階の窓から見えるテンターゲートの赤さも
湖面を叩く豪雨と水煙の向こうに薄らいでいる。
水位がいまだかつて経験した事が無いほどに上がってきている。

君ヶ野ダムの洪水調節の限界水位はEL 160

日付の変わった8月2日、君ヶ野ダムの水位は EL 150を超えていた。


堤体の変形や傾きを測定するプラムライン。
計測値が堤体のたわみを示していた。

33万1000立方メートルのコンクリートの堤体がたわんでいる。
これ以上、水を溜めると堤体が損傷する可能性があった。

堤体を水が超えればコントロールできない水が下流へ流れ下る。
絶対に堤体を超えさせる事は出来ない。
放水でダム湖の水を出すしかない。

オリフィスゲートを全開にすれば毎秒430立方メートルの水を出す事ができる。
ゲートから放水している限り、水は調整下にある。
だが入ってくる水があまりにも多すぎた。

堤体にかかる水圧は徐々に増している。

非常用洪水吐きを、禁断のクレストゲートを開放しなくてはならないのか。

堤体までの道のりを思い出してこぶしを握り締めた。

村が沈む。
そう思うほどの水だったのだ。
21時から22時の雨量は85mmにも達している。
建物も道も田畑も山林も鉄道も全てが水に飲まれていた。
これ以上の放水を雲出川が受け止めきれるとは思えなかった。

   非常用洪水吐きを開ける事は出来ない...!

重力式コンクリートの堤体は7cm歪んでいた。
濁水は天端の下、数メートルまで上がっていた。
テンターゲートの半分が水面下にあった。

   耐えてくれ! 堤体!


8月2日、4時。空が少し明るくなってきた。
徐々に降りは弱まってきた。
台風は渥美半島を越え、中部地方に降雨の中心を移していた。

昭和57年8月1日の1日降水量は323mm。
台風10号による総雨量は807.5mm。

堤体は耐えた。
水位は EL 153.73 まで来ていた。

 

 

 

 

ゲートを持つダムは毎年一度は必ずゲートの点検で洪水吐きを動かす。
その時に流れ出す水か無い事が、堤体の下から見上げた時
ゆるゆると持ち上がるゲートの向こうに空の青さが見える事が
どれほど嬉しい事なのかを水の防人は知っているのである。