島津公の水車探し その6
と、いろいろ素敵な物を見ながら
竹田市の中心街にやってきました。
目指す水力発電所の跡地は市街地のほぼ真ん中にありました。

竹田水電の竹田第一発電所の跡地。
昭和30年に建屋は取り壊され、九州電力様の変電所になりました。

変電所のフェンスの横には竹田市が設置した説明板が。
竹田第一発電所は1900年に発電を開始した大分県初の水力発電所です。
地元の豪商が琵琶湖疏水の蹴上発電所を見学し
その後、この地に発電所を造ったことが記されています。

現在は変電所の建屋しか見られない竹田第一発電所ですが
当時の写真で確認するとこんな姿でした。
落差といい
上部水槽といい
島津公の水力発電施設と凄く共通点があるような気がして
この発電所のことをいろいろ調べたら
島津公の水力発電施設のヒントがあるんじゃないかと
妄想してここまで来たのです。

そしてこれは竹田市歴史資料館で大事に保管されている
竹田第一発電所の水車です。
フランシス水車です。
フランシス水車が発明されたのは1848年。
仙巌園に水力発電所ができた正確な年代は不明ですが
28代薩摩藩主 島津斉彬公(1809 - 1858年)の存命中にフランシス水車は登場していました。
今残っている水槽の築造を行ったのは29代 島津忠義公(1840 - 1897年)ですが
水力発電自体は斉彬公の代で既に行われていたらしいのです。
可能性 大♪

という事で(素人が確定するのは無理があるので信用しないで頂きたいのですが)
日本で初めて水力発電を行った島津斉彬公の施設は水路しか確認できるものがないが
忠義公の施設には現存するこのヘッドタンクの横にいくらかの落差を設けて
発電所建屋がありその中ではフランシス水車が回っていたのではないか
という結論に達しました。
駆け足で調べた内容なので
色々調査不足の点が多いと思いますが
調べていてとても楽しかった島津公の水車探しでした。
おまけ
実はこれが一番凄いかもしれない遺構
日本で一番最初に作られた水力発電所を探しに鹿児島まで行き
その構造のヒントになるものをと大分まで来たのですが
現地で凄いサプライズがありました。

なんと竹田第一発電所に送水していた水路の先には取水堰堤が現存していたのです。
教えてくださったのは九州電力大分支店の方です。
教えて頂かなかったら絶対絶対絶〜対、分からなかったです。

これが竹田第一発電所に送水していた取水堰堤です。
1900年にできた竹田第一発電所に送水するための堰
1907年の越方発電所取水堰堤より古い
ふふふふふふふ
もしかしたらこれ、現存する日本で一番古い発電用取水堰(遺構)♪