市房ダム 見学 その4


市房ダム管理所様作成、令和7年7月豪雨・防災操作のハイドログラフ&ハイエトグラフです。
ハイエトグラフは流域平均雨量です。

何故こんなにハイドログラフが長い期間記されているのかは順を追って説明します。


まず最初に7月3日から4日にかけての豪雨です。


7月4日03:00のレーダー。
球磨川流域全体が真っ赤になっていました。


市房ダムでは7月3日16:00より 予備放流を実施し
7月4日03:00までかけて貯水位をEL 273.5mからEL 272.0mまで低させ
約197万m3の容量を確保しました。

貯水位を示す水色の線が
赤の破線の高さ、EL 273.5mから
黄色の破線の高さ、EL 272.0mまで下がっています。


7月4日04:00のレーダーです。
同じ場所に真っ赤な雨域が居座ったままです。


同じ頃の衛星画像です。
雲の塊が球磨川の上にあります。


7月4日06:00のナウキャストです。
今回の豪雨では何度も記録的短時間大雨情報が出ています。

1回目は03:20に芦北町
2回目は03:30に球磨村と芦北町
3回目は06:00に芦北町
4回目は06:30に球磨村と芦北町
5回目は08:30に球磨村


記録的短時間大雨情報は約110mmの雨が解析された時に発表されるものです。


予備放流で容量を確保した市房ダムに容赦ない降雨が迫ってきました。
時間雨量が20mm/sとか30mm/hでも大変な雨なのですが
地点雨量ではなく流域平均でこの30〜40mm/hという雨なのです。

このまま雨が降り続けばダムの洪水調節容量を使い切る予測が出てきました。

異常洪水時防災操作開始水位に貯水位が到達したら
流入量と放流量を同じにする体制に移行しなくてはなりません。
関係機関に異常洪水時防災操作への移行の可能性を連絡。
すぐに報道でもテロップで流れました。

しかし下流では次々と浸水被害が発生している最中でした。

可能な限りダムでの貯留を続け
下流を守らなくてはならないという使命の下
検討を続けて放流量を増加させずに耐えます。

この検討は精神論でやるものではありません。
異常洪水時防災操作は判断が遅れればリスクが跳ね上がり
最悪、ゲート操作が間合わなくなってコントロール不能の事態になる危険性もあるのです。

何時間耐えられるかの検討
降雨予測の推移
そして管理所で操作される方の積み上げられてきた知見
これらを10分おきにくり返しくり返し計算して
ここまでなら耐えられるというギリギリの線を出していくのです。
科学的な見方で進められていくものです。

でもそこにゲートを持つダムならではの葛藤もあります。

ぴっと上がりかけた放流量を
踏ん張ってもう一回こらえて横引きにしているところが
この苦悩を語ってくれているようです。


そして見事に管理所の方の予測が当たり
異常洪水時防災操作に至る事無く降雨のピークがすぎました。

ダム湖ヘの最大流入量1235.0m3/sに対し
放流量は585.0m3/sでした。


その後も集水域から水がどんどん集まり
貯水位の最高水位は11:00に観測されたEL280.60mでした。
異常洪水時防災操作開始水位まであと10cmでした。

この写真を見るとすっかりダムの上では雨が上がって晴れていることが分かります。
前線性降雨の雨域が移動して雨が収まると読み切った管理所の方の勝利。


しかし、ダムの操作はここまでも大変でしたが
この後も大変な状態が続きます。

前線性降雨です
また集水域にとんでもない雨雲がかかってくる事が予測されていました。
後期放流で貯水位低下させなくてはなりません。

目標水位のEL 270.0mまで出来るだけ早く
下流に影響が少なくなるよう配慮して
流入量+100m3/sで目標水位までの水位低下を目指します。

次の雨に備えての放流
後期放流+事前(の)放流であると思います。

7月5日23:00に洪水期準備の目標水位に到達しました。


次々と発生してやってくる雨雲の帯がまた球磨川上流にやってきました。


4日の発災後にも市房ダムは何度も事前放流を実施してくれています。
貯水位を示す水色の線がそのたびに黒の破線、EL270.0m以下まで下がっている事が分かります。
ここより水位を下げることが市房ダムの事前放流です。


ハイドログラフでしっかり見てほしいポイントがここ
放流量/流入量の目盛り、300m3/sのラインです。

市房ダムの洪水量は300m3/sです。

放流の前にダムは河川内、河川周辺にいる人に
速やかに川から離れるよう知らせる為に
今から放流で水位が上がる可能性があると
お知らせするためにサイレン吹鳴を行います。

異常洪水時防災操作でもない限り
サイレンは鳴らさず音声案内のみにしているという
天ヶ瀬ダムのような例もありますが
外国人観光客が多い宇治という土地柄に配慮してのことで
ほとんどのダムはゲート放流時、サイレン吹鳴を実施します。

元々川沿いにお住まいで
ダムのサイレン吹鳴と水位上昇になれている人は
サイレンの後に水位が上がると言う事を知っているので怯えてしまい
4日の災害の後、人吉市内に浸水被害で避難してくる人の中の
ダムの放流サイレン吹鳴を聞いたことがない人には
聞きなれないサイレンそのものが不安に繋がります。

7月5日22:00から7月6日06:00まで
事前放流を実施して約40万m3の容量確保した後にサイレン吹鳴を実施して
放流量は330m3/sでピークカットしました。

被災している人々の安全のためのサイレンが
不安に繋がってしまうことが管理所の方にはつらかったのです。

では、放流量が300m3/sを超える防災操作にならないように
放流期間が長くなってもよいから280m3/sで放流することはどうか
と、検討がなされたのです。

サイレン吹鳴の基準を変えたわけではありません。
操作を工夫することで防災操作を妨げることなく
流域の人の気持ちに寄り添ったのです。


7月6日18:00から7月7日17:00までの事前放流では
約120万m3の容量を確保しましたが
この時はサイレン吹鳴をしていません。
そしてその後に来た降雨も280m3/sできっちりピークカットしています。


7月8日15:00から7月10日06:00までの事前放流でも
約240万m3の容量確保して貯水位も-2.2m低下させ
このすさまじい立ち上がりの雨に対しても280m3/sできっちりピークカット。


サイレン吹鳴をしなくてよいように事前放流をして
防災操作も完璧に実施しています。

利水ダムだけでなく多目的ダムに対しても事前の放流が求められるようになった令和2年

巨大な貯水池を活用した貯留
低水位にすることで貯水量を増加する工夫
降雨予測を基にどこで貯めるかを読み切っての治水協力・防災操作

今までのダムのスタンダードな操作から離れた新しい考え方で
貯水位と河川水位をコントロールする操作が世に出た1年でもありました。

様々な事前の放流の中で
市房ダムが災害発生後に実施してくれた事前放流は
被災した人の心に寄り添う放流

心配り放流

こんな操作もあるのです。
ゲートを持つダムの
ゲートの向こうには
流域を思う人の心があるのです。

冬空の下、市房ダムは穏やかな顔をしていました。
それは昭和40年の豪雨の後も同じだったでしょう。

人のために生まれたダムとして
人のために出来ることを全部やろう
その仕事を知ろうとしない人に
その仕事を理解してもらう事は難しいですが
繰り返し
繰り返し
伝えていくしかないと思っています。

市房ダム お疲れ様でした。