玉川上水 羽村堰 見学 その2


水路の上に架かっている橋を渡ります。
地元の名勝として散策路もきちんと整備されているようです。

本川から入ってきた水はこのスペースで一度
水溜り部に貯留されています。


取水堰との間で水溜り部を形成する水路入口の堰。

いつも発電用取水堰堤を目にしているので
この構造も沈砂池を形成する目的で設けられた堰なのかな…
と、思って見ていましたが沈砂地にしては排砂路はどこ?


これかな?
位置から考えるとこの水門が該当しそうなのですが…。


水路がまっすぐ伸びているのを見通したところです。
両岸の桜が咲くころには凄い人出になるんでしょうね。


土木学会選奨土木遺産のプレートです。
平成27年とは意外でした。
もっと早くに認定されているような印象があったので。


排砂用のゲートかと思って見ていた水門のスピンドルですが違いました。

東京都水道局の羽村取水堰のページです。


ここで羽村取水堰についての詳しい説明を読むことができます。


見学当日は羽村堰の3つの投渡堰のうち、左岸側の一門が
取り払われた状態になっていました。

この為に本川の自流が確保されていますので
取水した分から戻す必要がありません。

羽村堰の投渡堰がすべて閉め切られている時は全量が取水されます。
その中から本川に決められた量を戻す時に使用されるのが
この排砂用のゲートかと見間違えた水門でした。

水路入口に設けられていた水溜り部を形成する堰は
沈砂地を形成するというよりは
本川に水を戻す時に一定の水位を保っておくことで
ゲートの開度により本川に戻す水量を正確にコントロールできるよう
設けられたものなのかと思います。


水道局様作成の分かりやすい説明板がありました。
ありがたいありがたい。
流域の全体像がすごく分かりやすい。


最上流には小河内ダムです。
おお。
小河内と聞くと東京都の最奥部に来た感じが強い。

現在地、羽村堰は
本川に横たわる固定堰+投渡堰で形成される羽村取水堰
本川からの水の取り込みを行う第1水門
水路入口に設けられ第1水門との間に水溜り部を形成する第2水門
そして水溜り部から本川に水を戻す時に使われる小吐水門
で構成されているようです。

これらは1900年(明治33年)、1924年(大正13年)に増改築されたそうなので
現在の形状は大正時代に造られたものですね。

投げ渡し堰の部材は出水の旅に流れて更新されていますから
常に新しいですが。


羽村堰の上流にある小作堰と下流にある第3水門から
山口貯水池に水が届いています。


山口&村山上下チームの水と利根川&荒川からの水が
東村山浄水場に。

村山貯水池見学で東村山浄水場の横を通った時に
てくてく歩きながらどれだけ大きい施設なんだと思って見ていましたが
帝都の水道水を確保するってことを考えたら
あの規模の施設は必要だったんだなと納得。


見ていくとさらに第3水門の下流からも東村山浄水場に向かうルートがありました。
玉川上水のお水、いろんなルートで東村山を目指しています。


突然、聖牛出現。

自分は聖牛で覚えていますが
呼び名は色々。
ここの説明板では「牛枠(川倉水制)」と書かれていました。

水の勢いを弱める為に作られるものです。
古くから日本の治水技術のひとつとして確立されてきた物です。


投渡堰と固定堰。


投渡堰のピア間には青く塗られた鋼材が渡されています。
ここから河床の高さまで木材を組んだ材料を設置して
必要な水位まで堰上げします。

洪水の時には材を流してしまえる仕組です。
下流で橋を落としたりする巨大な倒木などと違って
細かい材料なので普通に流下してしまいますし
自然素材なので安心。

昔、山奥から木材を川の水で運搬する際に
水量を確保するために設けられた鉄砲堰と
少し共通するところがあるように思います。