土木a la mode 黒部vs宮ヶ瀬 その3


定刻になりました。
なんなんだこの人の入りは!!
満席です。
大人気です。


まず最初に吉津支社長様より黒部ダムの講演です♪

きゃ〜!!!きゃ〜!!!きゃ〜!!!
黒部〜!!!
黒部素敵ー
黒部かっこいいー
吉津支社長様 頑張ってぇぇぇ〜!!!

と、応援したかったけどぐっとこらえて心の叫び声にとどめる。
権威のある土木学会ですから。

昨年末のダムアワードで萩原様の応援のために
顔写真入り団扇を作って参加された方のように
吉津様の写真入り団扇を作って応援したかったけどこらえた。
関西電力様のイベント用はっぴを入手してとも考えたけどこらえた。
当日はいつものように真っ黒黒のブラックホールの井出達で参加して
とりあえず黒部(くろぶ)ですというにとどめた。
※黒部(くろぶ=部活動 だむますたぁ命名)


まず黒部ダム建設の始まりのお話からです。

関西電力の初代社長 太田垣様の大変有名なお言葉。

「七割成功の見通しがあったら勇断をもって実行する。
それでなくては本当の事業はやれるものじゃない」

かっこえええ!!


そして黒部は映画『黒部の太陽』の影響もあって
第三工区の大町トンネルの熊谷組が有名なんですが
第一工区の本体工事は間組
第二工区の骨材プラントは鹿島建設
第四工区の水路とトンネルは佐藤工業
第五工区の発電所は大成建設
と、日本の技術の粋が集まった現場だったんです。


スライド一枚にまとまっていますが
この一行の文字が示すものひとつひとつが物凄いドラマの連続なんです。

黒部・立山ルートの人力輸送やブルドーザーでの立山越えなんて
記録映画で見ていて信じられないほどの凄い作業だし
大町トンネルが開通した後の関西電力と世界銀行の攻防は凄いんです。


そしてHNKのプロジェクトXで有名になったかもしれない
この大発破。

この大発破は岩盤に影響がーとか
世界のダムエンジニアの方から当時あれこれ言われたりしたそうですが
実はものすごく緻密に計算されつくした発破で
同時に爆発しているように見えますが
実はちゃんと時間差で地山への影響を最小限に抑えての爆破だったそうです。


そしてこれも泣けるエピソード。
工事が始まったころに巨大台風がやってきました。
この時に高瀬川の横にあった骨材プラントを守るために
洪水が来るかもしれない現場に鹿島建設のオペレーターの方が重機とともに残って
重機総動員で堤防を補強してプラントを死守してくださったのです。

なんという現場魂でしょうか。
命を張ってプラントを守ってくださった皆様に涙が出る。


そして
本体工事が始まってからの戦い。

フランスのマルパッセダムの決壊事故に余波がやってきたのです。

何としてもこの高さが必要だ
150.0mでは必要な電気のすべては生み出せない

世界銀行との攻防です。

そして世界のダム技術者の意見を取り入れ
この場所に
この黒部峡谷の最深部に
186.0mのダムを造るために

黒部ダムは実に16回もの設計変更を経て
現在のウイングダムを持つ美しい姿に決まったのです。