足羽川ダム工事現場見学 その1
2024/10/1 更新

ダム工学会による足羽川ダムスペシャルツアーが開催されることになりました。
足羽川ダムについての情報はあちこちから入手していましたが
現地にはまだ行ったことがなかったので大変楽しみにしていました。
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という事で見学当日、朝の早くから京都駅に来ております。
ここからサンダーバートで敦賀まで移動。
北陸新幹線の延伸によって関西圏から行きづらくなった敦賀以北。
琵琶湖を眺めているうちにあっという間に敦賀に到着。

新幹線の乗り継ぎ時間を計測するために
JRの社員の方が大規模実験まで行ってニュースにもなった敦賀駅。

北陸新幹線で首都圏からたくさんの人が北陸に来てくださるのは嬉しい。
関西から行きにくくなったのは悲しい。
黒部も宇奈月温泉も帝都から近くなりました。
福井にもどんどん来ていただきたいです。

敦賀駅西口でダムマイスター仲間の佳様をお待ちします。
最初はハビラインふくいで福井駅まで行こうと考えていましたが
佳様が敦賀でピックアップしてくださるという御申出がありまして
福井豪雨関連のモニュメントを現場で確認してから
見学会に臨もうという事になったのです。

佳様がお越しになるまでに敦賀駅西口周辺をうろうろ。
EL表記は必ずチェック。

佳様のお車に積載していただき、海沿いの道を北上します。
奈良県民と岐阜県民、海なし県なので海を見るとちょっと喜ぶ。

スムーズに移動してやってきましたのは越美北線・小和清水駅と美山駅の中間位で
足羽川の横にある「福井豪雨の記憶」モニュメントです。
R158と足羽川が隣り合わせで流れている区間
越美北線・美山駅から少し離れたところに
「福井豪雨の記憶」のモニュメントがあります。
GoogleMapで見るとこのような位置です。
ちゃんと地図にも載っているので探すのに苦労はしないかと思います。
このモニュメントが整備された直後に偶然、訪問していました。
福井豪雨が起きたのは2004年(平成16年)です。
この災害のモニュメントと足羽川の堤防にあった桜の移植が
2008年(平成20年)に完成しました。
鉄道の橋脚と枕木とレール。
越美北線の第七足羽川橋梁の災害遺構です。
この場所から少し下流で鉄道が足羽川を横断しています。
そこにあった橋梁でした。
第七橋梁は落橋し、桁も線路も全てが流されてしまいました。
第七橋梁の一部と説明パネルです。
今はパネルも色あせてしまっているようですが
このモニュメント整備直後は全てがクリアでしたので
撮影しておいてよかったなと思いました。
福井豪雨の概要です。
ここに第七橋梁の被災直後の写真がありました。
蔵作地内の様子です。
こちらは河原橋付近の様子とあります。
上宇坂地区の被害状況です。
この場所から少し上流になります。
美山町は中心部もこの状態で濁流にのまれたのです。
この場所からすこし下流の大久保橋付近の様子です。
美山町では多くの鉄橋が落ち、道路は寸断され大変な浸水被害が出ました。
堤防が二か所も決壊したのです。

「福井豪雨の記憶」の一面にはこのように時系列で
どんな被害が美山町のどこに起きたのかを記した詳細な表があります。
これを地図でプロットしていけば
物凄くわかりやすいはず。

2004年7月18日のレーダー雨量と美山地区の降水量グラフもあります。
時間雨量96mm。
特に危険な土地でなくても大災害が発生する雨量です。

この場所から上流の品ケ瀬池内(足羽川右岸)で堤防が決壊しました。
続いてそのすぐ上流の境寺池内でも堤防が決壊しています。