立野ダム コンクリート打設完了 記念イベント その4


立野ダムは建設中に積極的に見学会を開いてくださっており
旧立野小学校跡地にはあそ立野ダム広報室があり
立野ダムについて学びたい人にはとても恵まれた環境です。


ダムと建設設備のレイアウトが分かりやすい模型もあります。


こちらは立野ダムの平面図です。
天端が緩やかに円弧を描いています。
立野ダムは曲線重力式ダム(curved gravity dam : CG)です。

曲線重力式ダム(curved gravity dam : CG)は
重量式アーチダム(gravity arch dam : GA)と、どう違うのかが
外観を見るだけでは非常に分かりにくいのです。

20年以上愛好家を続けて各地のダムを見て来て
外観だけで判断してはいけない、絶対に図面を見ないと判断できないのが
重力式アーチであるということを実感してきました。

自分のような古参の愛好家や仲間も同じような混乱や勘違いの道をたどって
今に至っているから勘違いしてしまう人の気持ちがとてもよく分かります。

専門家の知識を得ることも難しく現場でダムを見て外観でしか判断できなかった時代に
自分が一番最初にこの疑問を抱いたのが神戸市水道局の烏原貯水池・立ヶ畑ダムでした。


1905年竣工の立ヶ畑ダムです。
天端が見事な弧を描いています。

しかし、文献を読んで勉強していくと曲線で造ることとアーチ作用を持っていることは
必ずしも一致しないどころか、別の思想であることが分かってきました。

立野ダムを見学して、曲線重力式と重力式アーチが同じものだと理解してしまう人が
webでもちらほらと出てきたので、これは勘違いがまた広がってしまうかもしれないと
心配になりました。


立野ダムはアーチダムの思想と工法で造られた重力式ダムです。
他の曲線重力式ダムとは全く別の物なのです。

図面だけを見て型式をいうのであれば曲線重力式としか言えませんが
工法を知るとこれは重力式アーチと同じだと考えることができるのが立野ダムです。


立野ダムの建設中の写真です。
次々と出来上がっていくブロックの側面にはっきりと陰影を刻むキー。

このキーとキーの間の隙間をしっかりとセメントミルクで充填し
堤体を一体化することで両岸の堅固な岩盤に力を伝えます。


打ちあがったブロックを冷やすクーリングパイプ。
高品質のコンクリートを作り上げるために
どこまでも丁寧に手間暇かけて造られていきます。

打ち立てのコンクリートはその後、発熱します。
それを冷やしていく必要があります。

丁寧に冷やされたコンクリートは縮んで少し小さくなります。


冷えて縮んだブロックと隣のブロックの隙間にセメントミルクを充填して
ジョイントグラウチングが行われました。

縦継目のキーと横継目のキーの両方に対してジョイントグラウトが行われています。
これはアーチダム、重力式アーチダムをつくる時に必須のプロセスです。

なぜ、普通の重力式ダムにしなかったのかの理由は
アーチダムの一体化構造であることがこの場所に立つダムとして
最適解であったからにほかなりません。

立野ダムのダム軸が定まったときにまず型式の検討がなされ
重力式として造ることが決まりました。

しかし、両岸は堅固であるのに対して河床が弱かったのです。

弱い河床に対してフィレットを設け、堤敷を広くする案や
マットコンクリートを設ける案などいくつかの案が出ましたが
その中でもっとも優れていたのが曲線重力式にして
強固な両岸にかかる力を分散して河床にかかる負担を減らすという案でした。

基礎岩盤に力をかける=アーチスラストを考慮する=堤体に曲率を持たせる
アーチダムと同じように堤体を一体化させる必要がある
アーチダムの作り方で重力式ダムをつくる

ダムは
滑らない 
転ばない
壊れない
物として立たなくてはなりません。

立野ダムは
転ばないために重さを稼ぐ重力式コンクリートダムの設計
滑らないためにアーチスラストによる荷重低減を図った設計
で曲線重力式ダムなのです。

しかし、そのプロセスを学ぶ前に
「立野ダムはアーチダムの考え方で造られた重力式ダム」
という言葉が
「重力式ダムでアーチダム要素ってことはこれは重力式アーチダムなのでは?」
と、いう風に理解が変容し
「曲線重力式ダムと重力式アーチダムの違いがわからない。同じ物なのでは?」
と、考える人が出てくるだろうなというのは予想できます。

立野ダム以外の曲線重力式ダムの工事現場を見て説明を受けていたら
違うということを理解してもらいやすいかもしれませんが
なかなかそういう機会はありません。

立野ダム工事現場で
「曲線重力式と重力式アーチはどう違うのですか」
と質問して
「“立野ダムにおいては”曲線重力式ですがアーチ効果を得られるように設計、計算して造られているので
違いはありません」という答えが返ってくることは間違いでもなんでもなく、とても正確です。

しかし困ってしまうのはここからで、立野ダムという単語が抜け落ちて
「曲線重力式(CG)と重力式アーチ(GA)は同じ物だ」
という理解が広がってしまうことなのです。

○「立野ダムはその設計と工法でGAと呼んでもいいコンクリートダムである」
×「曲線重力式ダムと重力式アーチダムは同じ物である」

CGとGAが同じであるというのは、かなり大きな勘違いです。

普通の曲線重力式ダムでアーチスラストを考慮していないダムの例として
石川県の九谷ダム、静岡県の太田川ダムがあります。
いずれもダムの合理化施工である面状工法(RCDかELCM)で造られています。


石川県の九谷ダムです。
見事な弧を描いている曲線重力式ダムです。
RCD工法で造られました。


平面図です。
弧のカーブの強さは立野ダムとそんなに変わりません。


標準断面図です。
フィレットがあるので下に行くほど裾が広がっている形です。

九谷ダムは曲線重力式ですが、両岸に対してアーチ作用を期待して造られていません。
アーチ作用を期待するということは堤体を一体化する必要があり
キーを設けてジョイントグラウトを行わないといけないからです。

RCD工法で造られているのでそういったプロセスは皆無。
全く思想が異なります。

では、ダムの合理化施工である面状工法が世に出る前のコンクリートダムは
従来工法と言われる柱状ブロック工法、ブロック工法で作られていましたので
その時代の曲線重力式ダムはどうなるのか
という更に深い疑問がわいてくる方もいらっしゃると思います。

立ヶ畑ダムに代表される国内コンクリートダム黎明期の曲線重力式のダムは
メイソンリーフェイシングダムであり、型枠としての石積みを利用して造られており
その曲線には両岸に力を伝えるという目的より、水圧がかかる事で
石積が強固になる作用を期待しているものが多いのではないかという考察を
述べられている論文は見たことがあるのですが、実際にその作用が
効果を示していたかの調査をしたという研究は、ちょっと私が不勉強で
見つけられなくてすみません。


木曽川の帝王・大井ダム建設中の絵葉書です。

明治・大正・昭和初期に、大規模な電源開発が行われた
木曽川や耳川(宮崎)の本川に設けられた重力式ダムは直線重力式ばかりで
曲線重力式ダムは見当たりません。

自分が知る限り本川に設けられた大規模な曲線重力式ダムというのは
庄川の女王・小牧ダムしかありません。

当時はコンクリートが高価であったことから、サイクロピアンコンクリートとして
堤体内に1mを超える巨石をいくつも入れて重さを稼いでいたりします。
純粋に重さで水を止める考え方なので曲線にするメリットがありません。


日本の電力土木の金字塔、天竜川の佐久間ダム建設中の写真です。
佐久間ダム写真集より。

戦後、電源開発、治水、利水で各地にダム建設ラッシュが起きた頃には
柱状ブロック工法、ブロック工法のダムがどんどん世に出てきました。

その後、ダムの合理化施工としてRCDやELCMが登場し
柱状ブロック工法、ブロック工法はその工法でなければならないダムにだけ
選ばれて採用されるようになりました。

特徴のある曲線重力式のダムのひとつに大阪府の滝畑ダムがあります。


元々はシリンダーアーチダムとして設計されていました。
大変なV字谷に造られた重力式ダムです。

シリンダーアーチダムとして設計されていた時の計画をご覧になりたい方は
国立国会図書館デジタルコレクション ダム日本 1970年 No.304 p45-p47
を是非ご覧ください。


こちらが滝畑ダムの平面図になります。
円弧は立野ダムや九谷ダムと同じくらいです。


元々アーチダムで計画されていた程の深い谷なので
こんなにスレンダーボディの重力式ダムになりました。


重さで水を止める重力式なので堤敷はとても長くなっています。
というか、これでもめちゃめちゃ細身なので重さが足りているかが心配になるほどです。

滝畑ダムはアーチダムが計画されていた素晴らしい基礎岩盤のダム地点に
設けられた曲線重力式ダムなわけですが工事記録を見ると
立野ダムのように完全なアーチダムとおなじ縦継目と横継目に対する
キーの設置やジョイントグラウトが行われていた訳ではありませんでした。

「横継目のジョイントグラウトは必要ない」としっかりと記載があります。

縦継目に対してだけ、ジョイントグラウトが行われていたのです。
これはこの頃の重力式ダム建設においてはスタンダード。

つまりこんなにアーチダム好適地に造られた曲線重力式ダムでも
アーチダムと同じ設計をしている立野ダムとは違うのです。

どれだけ立野ダムがスペシャルな堤体であるかを調べれば調べるほどひしひしと感じます。

重力式コンクリートダムは
「堤体自重と基礎岩盤の強度を利用して貯水池の水圧荷重に抵抗する構造物」です。
重さが絶対条件なのです。

アーチ式コンクリートダムは
「堤体コンクリートと基礎岩盤の強度を利用して貯水池の水圧荷重に抵抗する構造物」です。
堤体は薄くて強固になりますが水圧荷重を基礎岩盤(左右岸から河床まで全部の)に伝達して
山と一緒に水圧荷重に耐えます。

重力式アーチは“厚肉アーチ”です。
分厚いけれどアーチダムなので水圧荷重に抵抗する方法はアーチダムと同じです。


重力式アーチダムらしさが感じられる高山ダムのパンフレット表紙写真です。

重力式アーチダムは重力式とアーチ式のハイブリッドで良い所取りのような印象を
持つ方もいるようですが、実はとても場所を選ぶ型式です。

重力式アーチダムですが中空重力式と同じで
狭いV字谷ではなく広いU字谷に適した方式なのです。

V字谷は基礎岩盤が良ければ薄肉アーチダム(円筒、定角度、ドーム、放物線)
U字谷は基礎岩盤と河床が良ければ厚肉アーチダム(定半径=重力式アーチ)

滝畑ダムのダムサイトのようなV字谷で重力式アーチを考えると
堤体の底に近い方では全然アーチが働かないただの細長いコンクリートで
天端に近づくに従って堤体が薄くなってアーチ形状になると堤体の上と下で
基礎岩盤に伝わる力がとてもややこしくなってしまいます。
設計と計算が桁はずれにややこしくなって施工も大変でいいところなし。


突然、登場しましたのは米国のダムで最も知名度が高いであろうフーバーダムです。


フーバーダム、実は重力式アーチであるという見方があるダムなのです。
確かに立野ダムや九谷ダムに比べて明らかにぐぐっとカーブした見事な円弧の天端です。


こちらは現地で入手可能なパンフレットです。
フーバーダムは非越流堤体なので矢木沢ダムや奈川渡ダムのような
直下に発電所を構えるデザインになっています。


こちらが平面図です。
アリゾナ州とネバダ州の周境にあるフーバーダム。


上下流にかなりの長さがある堤敷。
確かに天端はぐぐっとカーブしていますがこれは曲線重力式ではないか???
という疑問が湧く重量級の堤体です。


標準断面図です。
裾広がりですが、天端に近づくにつれホントに薄くなっていることが見て取れます。


パンフレットに載っている工事中写真です。
ものすごいブロック数。
どれだけ分厚いんだと。
こんなに分厚いのに曲線重力式でないとはにわかに信じられません。


アーチダムと重力式アーチダムの区分について、自分は
米国内務省開拓局の定義で見るようにしています。

この区分で見てもフーバーダムは曲線重力式に近い超厚肉アーチダム
にしか見えません。

フーバーダムがなんでこんなに分厚くなったのかというと
設計中にロサンゼルス市水道局のセント・フランシスダム決壊事故が発生していたからです。

堤高200m超の、大ダム建設にあたり、安全に安全を重ねた結果
断面が太ったのだと教えて頂きました。

設計思想がアーチスラストを考慮しており
ジョイントグラウトを行っているということであれば
立野ダムとかなり年の離れた兄弟ではないかと♪


最後のコンクリート打設を仕上げた黄金のバイブレーターを見ながら
立野ダム、ほんとに希少なダムとして生れるのだなと再確認しました。

曲線重力式だけどアーチの設計で造られたダム。

これから仕上げの工事と試験湛水が控えています。

地域の方に愛される
多くの人が訪れる
素晴らしいダムになるように願っています。