千苅貯水池100周年おめでとう その5

式典が行われた取水塔です。
当日は半円に配置された取水口のうち二つが開いていました。
取水塔自体は堤体にくっつく形で半円ですが
その中央は円筒状になっています。
その円筒部分に弧を描くように仕切りの壁が入っています。
これは弧の外側は水道用水として、水深ごとに
12の取水口を設けて、最も浄水に処理に適した深さの水を選択し
弧の内側は灌漑用水として湖底近くの水を取水できるように整備されたものでした。
100年前のダムでどこまで配慮されているのかっ!!

現場で展示されていた図面に色分けしてみました。
取水塔から青色ルートで進むのが水道用水。
赤色ルートで進むのが灌漑用水です。

堤体直下左岸側にある量水室です。
屋根のある方が水道用水。
屋根のない方が灌漑用水の出てくるところです。

灌漑用水はそのまま横の吐口から堤体直下の川に放流されます。
灌漑補給ですからこれでよいのです。
すぐお天道様に温められてぬくぬくになります。

そしてこの日、最も気になった
千苅ダムのクレストゲートについて。
当日確認した限り
今装備されているゲートの巻揚機が全て1975年製であるという事と
昔、千苅ダムに来たときに見られたチェーンが姿を消しているという事
どう見てもスピンドルが立っているし構造的にはスライドゲートであるという事
が、わかりました。

見学に来られたお客さんも気になるらしくて
たくさん質問が飛んでいたこの滑車。
この滑車には竣功時に備え付けられていたゲートの
開閉用のチェーンが通っていたそうです。
2003年に撮った写真です。
16号ゲートのアップです。
ちょっとカメラの画素数低過ぎで詳細不明。
2004年に撮った写真です。
16号ゲート。
チェーンがはっきり写っています。
でもすでに現在のゲートに改修されていますので
チェーンは滑車からも外れていますし
ただそこにあるだけ。

このチェーンと滑車は竣功時に備え付けられていたゲートでは
こんな形で繋がっていました。
一つのゲートに二つのチェーン。
それを一つのウェイトでコントロールするために
滑車の片方が斜めに取り付けられているのです。

当日、天端に踏み込んだダム愛好家が気になって仕方がなかったもの。
それは天端に規則的な形ではめ込まれたブロックパーツ。
何とこれはゲートからウェイトに繋がっていた
チェーンの入る溝の蓋になるブロックだったのです。

現地で確認した図面に記されていたこれです

竣功時のゲートがどういう動作をしていたかという説明を受けました。
吃驚するような仕組で何度かお聞きしてやっと理解できたくらい。
いかん。
これはいかん。
しっかり勉強してまとめなくては。
いやでもどこに資料あるだろう…。

2010年の正月に詣でた時の写真。
右岸側の散策路が落っこちる前です。
この時は水位が低くて上流面が撮れました。
この写真に入っている情報が山ほどあるので
分かりやすく書けるかわからないけどまとめる。
日本の近代土木遺産(改訂版)―現存する重要な土木構造物2800選
の兵庫県のページです。
ここにはまだストーニーゲートの文字があります。
表の端には出典が書かれていますのでそちらを調べなくては。
どこでストーニーゲートという文字が登場したのか。
大門池みたいなオチがあったら嫌。
とりあえず、大至急、千苅ダムのゲートについて
文献調査をして報告できるようにレポートをまとめたいと思います。
それが千苅ダム100歳のお祝いになるはず。

そして楽しい一日の終わり
門扉が閉まる時間がやってきました。

かちゃんと鍵がかかりました。
いつもの千苅ダムの姿です。
この六剣水の向こう
この鉄門扉の向こう
天端を歩いて天端から堤体を愛でる
それは永くダム巡りを続けていても
行くことのできなかった場所
左岸の佐野藤次郎技師の胸像にご挨拶を
左岸の丹生川上神社・水天宮にお参りを
したくてもしたくても
願っても願っても
かなわなかったことでした。

自分と同じ思いで
今日、この場所に駆けつけたダム仲間もいたと思います。
あの千苅の天端に行けるのだと。

千苅ダム 100歳おめでとう。
天端からその姿を愛でられたことが本当に嬉しいです。
素晴らしいイベントをご用意いただいた神戸市水道局の皆様
ありがとうございました。
お祝いの気持ちを届けに来てくれたダム仲間にも感謝です。
このタイミングで日本ダムアワード放流賞に千苅ダムが選ばれたことにも
素敵な縁と巡り合わせを感じます。
最後に…
千苅ダムの美麗放流は日本一っ!!
この日、どうしてもやりたかったこと

佐野藤次郎技師の胸像とお世話になっている神戸市水道局の松下様と一緒に
100歳おめでとうプレートを持って写真を撮ること。
実現できてほんとにほんとにうれしいです。