平成30年7月豪雨と日吉ダム その4


7月12日に発表された「平成30年7月豪雨の概要(近畿管内)<第4報>」の中に
日吉ダムのお仕事がきちんと記載されています。

でも大事な大事なハイエトグラフがスペースの関係で割愛されていてとても不満。
ハイドログラフを読むときはハイエトグラフが絶対欲しいです。


という事で水資源機構様からの発表資料。
雨量を示すハイエトグラフです。
何個、山が来るんだという前線性降雨ならではの
見ていてどんよりとなるほどの降雨量です。

T1318(平成25年台風18号)の時は累計雨量は345mmですから
今回の豪雨がどれだけしつこくて酷かったか
この数字からもわかっていただけるかと思います。


そしてこれが
竣工して20年目にして
持てる力のすべてを出し切った
暫定操作とはいえ本則操作で
この凄まじい前線性降雨と戦ったハイドログラフになります。


日吉ダムの常用洪水吐、コンジットゲート2門で吐ける最大放流量は500m3/sです。

今回の最大放流量は907.34m3/s。
非常用洪水吐、クレストゲートを開けて対応しました。

7月6日の14:00にクレストゲートの操作を開始し7月6日の21:20に閉めています。

◆ ◆


今までもいくつも事例で紹介してきましたが
日吉ダムは桂川で唯一の治水を役割にもつダムであることから
暫定操作で洪水対応を竣工時から求められていただけでなく
ダムとしてできる最大限の仕事を要望され続けて来ました。

このハイドログラフは紀伊半島大水害を引き起こした
T1112(平成23年台風12号)襲来時のもので暫定の本則操作です。

ダムへの流入量に関わらず
ダムからの放流は下流河川に急激な水位上昇を引き起こさないように
“30分で30cmの河川水位上昇”を踏まえて放流量を増加し
150m3/sでぴしーーーーっとピークカットを決めてくれています。


同年、またまたやってきたT1115(平成23年台風15号)においては
暫定操作に加えてバケットカットを実践されました。
ダムへの流入量がピークを迎える時点で
放流量をぐーーーっと絞る操作です。

これは下流に対して効果絶大なのですが
本則操作でこれを持っているダムは数少ないです。
洪水調節容量を非常に多く持っているとか
貯水池にものすごく余裕があるとか
そうでないと後のことを考えると怖くて怖くてできない操作なのです。

というのは
「あ、なんか満杯になりそうで危ないし
放流量、元に戻そうっと…」

という判断が出たとしても
ダム操作の大原則、急激放流の禁止が関わってくるので
そういう雑な操作はできないのです。

30分30cm、川によっては30分50cmのところもありますが
それを上回る水位上昇を引き起こすような
急激放流は利水ダムでも治水ダムでも
非常に厳しいペナルティを食らう代物なのです。

ちなみに急激な水位低下も川に住む生物に
大きな影響を与えますのでこれまたNG。
放流量をいきなり絞ると水位低下に取り残されて
死んでしまう魚が発生します。
そんな鈍間な魚とは何と鮎なんですけど…。

もちろん色々な災害事例がありますから
時としてそれをやむなしとする場合もありますが
バケットカットを決めている後に
「あ、やっぱり読みが甘かったでーす てへぺろ」
というのは許されません。

にも拘らず
日吉ダムでこの操作を実践させるとは…。
暫定でただでさえきつい操作を強いられているというのにっ。

これを提案した方を知っていますが
しゃーないなっ  この人ができると計算したんならしゃーないなっ
という近畿地整の元、偉い人です。
現在はOB。

なのでこの方にイベントでお会いした時に
日吉を本則操作ができない身体にした責任を取って日吉と結婚しなさーい!!!
詰め寄ったりしてましたwww


そしてT1318(平成25年台風18号)のハイドログラフです。
これぞ本則操作(暫定だけど)という素晴らしいハイドログラフです。

既往最大の流入量をただひたすら
じっと我慢で耐えに耐え
降雨の収束を待ち続け
ここまで上げてもいいのか
波浪でクレストゲートの上端を越えるのではないかというところまで
水位を上げたけれど
非常用洪水吐、クレストゲートを最後まで開けることなく
但し書き操作に至ってもなお
計画時に下流河道に対して保証されていた500m3/sを越える放流をしなかった。

神操作と言われたハイドログラフがこれなのです。


さらに翌年
神操作を決めてしまった事で
日吉ダムに対する洪水調節効果の期待がどんどん高まってきた結果が
このT1411(平成26年台風11号)のハイドログラフです。

もうこれを見て
どこまでダムに無理をさせたら気が済むんや…
暫定操作とかいう範疇超えてるやんかー…

と、凄いんだけどダムが可哀想になってくる多段式バケットカットです。

近畿地方整備局が誇るCバンドMPレーダーとXバンドMPレーダーが支える
降雨予測システムが無理をさせているんだなーと思ったり。


更に悲惨を極めた操作がこれです。
T1411の翌週にやって来た前線性降雨(平成26年8月15〜17日 前線)。
最大流入量でT1318に次ぐ第2位のレコードホルダー。

まってーっ!!
まってーっっ!!
前線性降雨なのにどうしてーっ!!
暫定の本則操作でもないバケットカットさせるのよーーーぅ!!
これ、危ないってーっ!!


と叫びたくなるハイドログラフなんですが
これはやっぱり要請があって実施した操作なのです。

この前線性降雨の時、下流の嵐山、渡月橋がかなりシビアな状況になっていたのです。
そして桂川に合流する鴨川が尋常じゃ無い状態まで水位上昇していてニュースでも流れました。

鴨川の水を桂川の水で流れにくくするわけにいかないので
やりたくなかったはずですが
洪水調節開始水位到達前からカットに挑んでいたという…。

あかーんっ!!
ダムにどこまで無理させんねーん!!
こんなん絶対あかんのよ〜っ!!


ひとつ成果を示すと
次から次へと
難題が降りかかってくる
ダムにばかり負担が大きい防災操作。

中小洪水、普通のサイズの台風くらいなら
バケットカットが当たり前になってしまって
暫定の暫定操作を強いられるようになってしまった日吉ダム。

◆ ◆


今回のハイドログラフをもう一回。


台風性降雨と前線性降雨は違うのです。
先が読めない前線性降雨には絶対に本則操作で挑まねばならないのです。
バケットカットとかしません。
あとのこと考えに考えて放流できるだけきっちり放流するっ。


なので日吉ダムは現在の暫定の本則操作、150m3/sで防災操作を開始しました。


ダムへの流入量は容赦なく、丸一日雨が降り続き何度も25mm/hを越えるピークがありました。
この前線性降雨は全く先が見えないほどの非常にシリアスな予測が出ていたのです。

そのため、容量を使い切るまで150m3/sの一定量放流、ピークカットを続けたのです。


そしてついに容量の限界が見えてきました。
限界まで貯めてから溢れそうになって寸前にギブアップです!!という操作をするかのような
報道による印象操作が往々にして見られますが全く違います。

流入量と放流量を同じにするという事は
ダムの貯水位をそれ以上、上げないようにするという事であって
ダム湖貯水位を下げる操作とイコールで考えられると困ります。

◆ ◆

但し書き操作、異常洪水時防災操作とは
開始する際に
各ダムで決められた
“但し書き操作開始水位(8割水位)”
に到達する事が予測され
更に水位が上昇することも予測されている時に
ダムの洪水調節機能を損なうことなく
ダムに入ってくる水をコントロール下におき
流入量と放流量を同じにしていく物です。
流入量と放流量が同じになるという事は
自然河川と同じ状態
ダムの治水容量は使い切った状態
でも流入量が下がれば放流量も同じく下がっていく
コントロール下にある状態です。

コントロール機能を失ってお手上げ状態というような操作ではありません。
◆ ◆
クレスト部にゲート、巻揚機などを設置している場合は
それらがダメージを受けず調節機能を維持し続けることが必要です。

洪水時に押し寄せる濁流や流木、流塵がダムの設備を破壊したり
可動障害を引き起こしたりするリスクは避けなくてはなりません。

そう考えるとクレスト部の非常用洪水吐をゲートレスにするというのは
極めて合理的かつ安全度が高いといえるのかもしれません。

ということでコントロール機能を失わないためにダム天端を洪水が越流することは
可能な限り避けなくてはならないのですが
世の中にはダムが壊れないように放流したと捕えて
悪意を持って広める人が後を絶たないのが現状のようです。
◆ ◆

そして降雨予測をもとに現在の放流量でどれだけ時間を稼げるか
その操作を継続すると貯水位はどこまで上がるかも計算して
ゲートは急に大きく開けられない規則があるが故に(急激放流の禁止)
流入量と放流量を同じにするためには時間を要するという事も知ってほしいです。

そもそもゲートを水道の蛇口を捻ってどーっと水を出すようなイメージで考えられても困ります。
クレストゲートの重さと開閉を行う巻揚機の力を想像してみてください。


これは日吉ダムのNo.3クレストゲートゲートの銘板。
ゲートはこんな重いんです。
さくさく素早く開け閉めできるものじゃないのです。

なので逆にいえば急いで開けようとしても時間がかかります。
間に合わなくて、その間にダム天端を水が越えるようなことがあっては本末転倒。

だから但し書き操作、異常洪水時防災操作の開始水位は
“8割水位”というラインが決められているのです。

8割水位に達したら但し書き操作、異常洪水時防災操作を覚悟して
河川管理者や関係機関に急激な水位の上昇がある可能性を連絡し
流入量と放流量を同じにする操作にスムーズに
出来る限り急激なゲート操作を伴わずに移行できるように計算を重ねて
降雨予測とにらみ合いが続きます。

そのため、開始水位に到達したので但し書き操作をしようと準備したけれど
そのあと降雨が終息したので回避したという事例も数多くあるのです。

◆ ◆


そして流入量とほぼ同量の放流量を維持し
貯水位を上げ過ぎて天端越流、ゲート越流させるような事はなく
シンクロさせること22時間30分!!

この間、下流の亀岡も保津橋も嵐山の渡月橋も無事でした。
桂川は日吉ダムに今までおんぶにだっこで19年も
ものすごい苦労を掛け続けていたけれど
改修工事で日吉ダムがこれだけ放流しても安全な川に生まれ変わっていたのです。

泣いた…。
ただ ただ この素晴らしい結果に泣くしかなかった。


降雨が収まってきたことから淀川ダム統合管理事務所の指示で
暫定操作の150m3/sではなく300m3/sで後期放流に移行しました。

次にまた襲ってくる降雨に備え
下流の水位を見ながら安全に最大限の配慮をしながら
洪水調節容量を回復させるのが後期放流。

これが無事に終わるまでが防災操作です。



湖面を照らす朝日の反射できらきらしているクレストゲート。

このクレストゲートを開けるような豪雨と戦う事になるとは

まさかそんな日が自分の生きている間に来るとは

T1318のハイドロが思い浮かぶこともあり
夢にも思っていなかったのです。

T1318の時も日吉ダムは完璧な操作を実施して
耐えに耐えて貯留して但し書き操作になってからも
桂川においてピーク時の水位を上回るようなことはなかったのです。
T1318のダム操作は土木学会技術賞を受賞しています。
日本の洪水調節を行うダムの規範となるような素晴らしいダム操作だったからです。

にもかかわらず
下流の市の職員の中や水防団の中の人には
未だにダムが放流したせいで被害が出たのだと
ダムを非難する発言を繰り返している人がいるそうです。

今回の日吉ダムの対応についても、また、ダムに興味のない人を
だますような発言を繰り返すのだろうなと思うと本当に腹が立ちます。

ダムの操作を勉強しないで
恣意的に間違ったことを垂れ流しているだろうという報道と
不勉強で表現がおかしい為に多くの誤解を生む可能性がある報道は
結果的に同罪だと思います。



ただ、T1318の時に比べて
圧倒的にダムについて学び、理解を深め、発信してくれる
個人が増えていることは間違いなくて
報道が不勉強で勘違いを生むような情報を垂れ流していても
それに対して理路整然とデータをもとに反論し正しい説明を展開してくれる方が
こんなにたくさんいるんだとTwitterで確認することができました。
(Twtterしていないので鍵をかけず公開しておられる方の発言を閲覧しただけですが)
嬉しくて涙が出ました。

素晴らしい防災操作をしてくださった日吉ダム管理所の皆様
桂川の改修工事を頑張ってくださった京都府様と国土交通省近畿地方整備局様
水防活動を頑張ってくださった自衛隊と水防団、協力企業の皆様
そして
日吉ダムをずっとずっと応援してくれた皆様
ありがとうございました。
本当にお疲れ様でした。