白滝鉱山 見学 その5


「自然王国白滝の里」の敷地には学校らしくプールもあります。
林間合宿や山村留学でも活躍しそうな立派な設備です。


プールの横を登って円形の新しい体育館に入りました。
ここにはたくさんの大川村の資料が展示されています。

早明浦ダムの写真
白滝鉱山の写真

とても貴重な写真ばかりです。


第一選鉱場の航空写真です。
現在「朝谷山腹工 管理棟」になっていたあの建物です。


こんな形だったのかと、パネル写真と撮ってきたばかりのデジカメの画像を見比べます。


浮遊選鉱場の写真です。
白滝鉱山が規模の大きな高山であったことがうかがえます。


来る途中にまだしっかりと形をとどめていた建物は
第一浴場だったようです。


診療所もこんなに大きな立派なものがあったのです。


そしてたくさんの人が集っている山神社。
鉱山町には欠かせない山神社祭。

毎日の安全と山からの恵みに感謝する1年で一番大きなお祭りです。



高知県で最大の鉱山だった白滝鉱山

白滝鉱山がある大滝村は現在、人口が国内で最も少ない村になってしまいました。

鉱山が稼働していた頃
ここには417戸、1,960人もの人がいたのです。
小・中学校と幼稚園もあったのです。

昭和43年まで白滝鉱山の鉱山町は活気があり村人の暮らしは豊かでした。

早明浦ダム建設の際には1500万円をかけて
わざわざ水没する場所に村役場を立ててまでダムに反対した大川村。
そんなことまでできるだけの予算がありました。

豊かだった村

鉱山が昭和47年に閉山しました。
人は働く場所を求めて村を離れて行きます。

早明浦ダムが昭和50年に完成しました

この場所は人を失い続けました。


高知県の山奥深く
ここにかつて高知県でもっとも大きく
たくさんの人の暮らしを支えていた鉱山がありました。

 

後日譚

白滝鉱山を訪れたのは2004年7月17日でした。

2004年は台風が次々と来襲し日本各地で大規模な災害が頻発した災害年でした。

ここ、高知では8月17日〜18日に台風15号が凄まじい豪雨をもたらし、大川村の各所で土砂崩れが発生しました。
この年は本当に災害が多かったためにこの台風の時であったかははっきりしませんが
ニュース映像でこの自然王国・白滝の里に山間留学か林間合宿で訪れていたらしい子供たちが
ヘリコプターで現地から避難する様子が流れていたのを目にし
先日行ったあの場所か!と吃驚したので殊更に印象深く残っていたのです。

復旧工事は順調に進み現在はアクセスも元通りになったようです。