大谷鉱山見学 その6
説明を下さった地元の方にお礼を述べて奥地に進みます。
大谷鉱山は明治末期に銅山として開発が始まりましたが
大正初期にタングステン鉱を採る方に移行してきたそうです。

かつての鉱山の敷地に近い場所には鉱水処理施設がありました。

すっかり面影の失せた元鉱山の敷地には他の産業の工場が立っていました。

さらに奥に進みますが勘違いに次ぐ勘違いで山の中を
およそ4kmうろうろして又戻ってきました。
坑道や軌跡といった他の鉱山施設・設備は
残念ながら見つけることが出来ませんでした。

花崗岩の加工場が元鉱山の広大な敷地に出来ていました。

戦後は閉山していましたが昭和26年に事業を再開し
隆盛を誇ったタングステン鉱山。
昭和58年9月に閉山となり、多くの建物は撤去されました。
その後も道が広くなり、住む人の就業先が鉱山と関係なくなっても
ただ静かに鉱山長邸は周囲の幾つかの建物のともに
今も交差点を囲むように残っています。
ここに鉱山があったことを、鉱山への道を教えるように立っています。
今はすっかり様相の変わった鉱山町の名残。
鉱山長邸の玄関を隠すように大きく育った金木犀は
そっとしておいてと遮るように茂っていました。
昭和の気配が色濃く残る大谷鉱山の遺構。
詳しくお話を聞かせた下さった地元の方に何度もお礼を言って
私は大谷鉱山を離れました。