神子畑選鉱場見学 その6

インクラインに工事が入っていました。
一体ここに何の工事を始めるというのでしょう。

軌跡を見上げる分には特に変わった様子は無いのですが
新しくひかれているレールが気がかりです。
もう中に入って機械を見ることは出来なくなってしまうのでしょうか。

様子が変わっていたのがはっきりしたのは少し奥まった所に作られていた
こういう広場です。以前来た時にこういうものはありませんでした。
そして極めつけは建物が一つ丸々なくなっていたことです。

以前来た時にここに綺麗な事務所跡がありました。
神子畑鉱山事務所(ムーセ旧居)でした。
鉱山技師として明治政府が招聘していたムーセの住居を移築して
ここで事務所として使っていたというものです。
看板も出ていて、綺麗な外観から、きっとファンもいたと思います。

今までも中に入れたという訳ではなかったのですが、どうして
なくなってしまったのか周辺を見回しました。看板があって、どうやら
地元教育委員会が関わっているのだとわかりました。
文化財保護の為でしょうか。

選鉱場の前の道路を挟んでバス停があります。
その前から全体を見てみました。
事務所が無いのはやはり寂しいです。
このときの見学から数週間たった後、ダムの見学で朝来町を訪れた時、
神子畑の地元情報を仕入れようと「道の駅あさご」にやってきました。
朝来町のパンフレットを見ると、神子畑というページまであります。
ここに選鉱場の写真は使われていましたが明確な紹介文は載っていませんでした。
が、事務所は写真付きで載っています。
(朝来町の観光地図にはちゃんと神子畑選鉱場は載っています)
事務所...無くなってたのに.....。
無くなっていた事を駅長さんに聞くと知らせを受けていなかったらしく
役場に電話して詳細を確認してくださいました。
「道路の拡幅をするので潰したそうです」
「移築ではなく潰したのですか?」
「何分、明治の建物だったので..老朽化していたし..という事らしいです」
「無くなっちゃったのですか」
「復元したものを敷地内に立てるそうです。中に整地された所が出来ていると思います。
そこに移すとか...平成15年までに整備するという事で予算も通っているらしいですよ。」
いくら移築が手間のかかる事だからってあんまりです。
落ち込む私に駅長さんは個人所有の明延鉱業の閉山式のビデオや
神子畑が稼動していたときの記録ビデオを見せてくださいました。
大変貴重なものでした。

神子畑を少し西から見るとこんな風です。
山肌に一杯の巨大な遺構です。
道路の拡幅工事はどんな風に進むのでしょう。
風光明媚な産業遺構を見られる貴重なポイントとして今後も無事に立っていて欲しい。
それが私の気持ちでした。得手勝手な来訪者の気持ちでした。
それはここで働いていた人たちの思いとはまったく違うかもしれません。
働いていた場を去らなくてはならなくなった人が思う気持ちはその地と
関わりの無い者が抱く思い等とかけ離れた重みがあります。
まだ有望な鉱山だったのに
円高さえなければ続けられた鉱山なのに
その悔しさを私などが語ることは出来ません。
日本の多くの鉱山で閉山の度に悲しみが山を覆った事でしょう。
町が悲しみに沈んだ事でしょう。
人が苦しんでいるのをせめてその姿で助けようと
姿を見る為に人が訪れてくれる事も人の為だと
最後まで頑張ろうと
建物に心があるならそう思っているかもしれない。
そんな場所がここ、神子畑なのです。