MIKOBATA   an underpopulated area

 

この地に鉱山がありました。
埋蔵量の少なかったこの地の鉱山は周辺で取れる鉱山からの石を集めて選鉱する
選鉱場の建つ場所へと変わりました。
その選鉱場は当時、東洋一といわれた規模で
その技術も東洋一と呼ばれるに相応しい物で
国内の錫の生産の95%という驚異的なシェアを確保していました。

その選鉱場は神子畑という土地にありました。

海外の安い鉱石が大量に輸入され鉱山の経営は苦しくなり
神子畑選鉱場を有する明延鉱業は1987年に閉山しました。

 

操業停止から16年

2003年 11月 選鉱場の撤去が告げられました。

 

日本を支えていた鉱業の遺構。
産業遺構としての活用はできないかと声が上がりました。

 

ニュースを聞いた自分は愕然とし、混乱し、自分に何が出来るのかと必死で考えました。
何も思いつかないままとにかく現地へ。
自分のとった行動はとにかく現地に行かなくてはという焦燥感に煽られていただけのものでした。

大好きな建物が消えるということがこんなに自分を苦しめるとは思いませんでした。


産業遺構を利用した観光地というもの

その条件とは何なのでしょう



町にとって負担にならない事
その地にとって負担にならない事

その為に必要なマンパワー
その為に必要な施設

かつて東洋一といわれた神子畑選鉱場
精錬までの過程が最も難しい錫を作り出していた選鉱技術
日本を支えた産業の遺構

建物としての価値
歴史の価値

 

この選鉱場はこの地に残る人にもう恩恵をもたらしていないのですか
あるのは思い出だけなのですか

かつて人がたくさん集っていた

鉱山マンとその家族が住んでいた社宅は更地に
駆け回っていた子供が居たはずの小学校は空虚な体育館だけに
不夜城のごとく活動していた選鉱場は廃墟に

 

どうしたらこの地の人々に受け入れてもらえる産業遺構の保存ができるのでしょう

都会の人の気まぐれでその時だけの熱狂に左右されてしまうテーマパーク
幾つもの失敗した事例を見てきた行政
底冷えの経済と即物的な感覚でやってくる観光客
町に見返りは少なく 、出るのはゴミの山ばかりという観光地維持の難しさ

 

それをいくつも見てきた自分にはこの地を生かす方法が思いつきません

 

雪を踏みしめて選鉱場の姿を見に訪れた2003年のクリスマスイブ。

選鉱場の撤去が決まってから休み毎に訪れた神子畑の地。

視界に人は誰もいなくてここが過疎地になっていることを感じます。

専門家の方が頑張っていることを知りました。。
産業遺構として残せるようにと頑張っている方々がいることを知りました。

自分に何が出来るのでしょう?

この選鉱場を一人でも多くの人に知ってもらえるようにHPで紹介すること。
小さな小さな広報活動。それだけしか出来ない自分。



 


かつての購買部の横は除雪車のパーキングです。

とぼとぼと歩く自分の視界にお一人の住人の方の姿が入りました。

「おはようございます。」

いつものように笑顔で話しかけました。

吃驚した様な顔をして、それでもその方は笑顔を返してくださいました。

「地元の方ですか?」

私の問いかけにその方はたくさんたくさんお話をしてくださいました。

 

小学校は4年生までで5年生からは山本の小学校に歩いて通った事
そのころは1mも雪が積る事が当たり前で冬の通学は大変だった事

鉱山がたくさんの人をこの場所につないでいた事
そして閉山の後は殆ど人は残らなかった事

立ち並ぶ集落の中には週に一回、月に一回、年に一回しか戻ってこられない方の家があって
残った人のボランティアでそれらの家に異常が無いか日々、見回っている事

車も無く、伴侶も無く、ただただ高齢の老婦人が医者も居ない店も無いこの地で不自由に暮らししている事

 

一番近い缶ジュースの自動販売機まで3kmありました。
一番近い商店まで5kmありました。
車で移動販売をしてくれていた業者も採算を理由に足が途絶えました。
買い物ひとつに出かけるにも一時間に一本あるか無いかのバスが頼りです。

町に出た人達は戻ってきません。

生活を維持する事が本当に困難だから戻ってこないのです。

田舎暮らしを、スローライフをと田舎に夢を求める人はその地の現状を知っていますか?
車無しで、一日誰とも会わないかもしれない、しゃべる事も無いかもしれない場所で
すごす事をどう思うのでしょう?

車があって、インターネットがあって、その地に縛られない生活を維持できる文明の力が在ってこそ
あちこちで取り上げられ、それが素晴らしい事だといわれている田舎暮らしとスローライフ。

過疎地の老人が食事を手に入れる事も困難で病に倒れても助けてもらえないで
仕方なく介護施設に入所する事があるという現状を知っているのでしょうか?

都会ではなく、過疎地にこそ介護施設が必要になってしまう現状。
でも過疎地の自治体は財源を確保する事が困難で
都会に住む家族も自分の生活で精一杯で親を引き取る事もできず



この地に必要なのはなんなのでしょう。

お話を聴き終えた自分の胸に残ったのは重いしこりでした。

 


 

 

 

 

 

 

 

町が選鉱場の前の社宅跡地に作った建物は
この雪深い地で暮らす高齢者のための物でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪で行き来が出来なくなることを思えば、冬の間だけでも一緒に暮らせば
寂しさも心細さもなくなると思って共同で生活できる施設をと建てられたそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

産業遺構として残って欲しい神子畑選鉱場。

でも今そこに住んでいる人の声は、そんな事には全く捕らわれていない言葉ばかりでした。

不便だからね

医者がいないのが辛いね

買い物にも毎日いけないからね

選鉱場が撤去されるのは危ないから仕方ないね

 

 

もう二度とこの選鉱場はこの地に光をもたらしてはくれないのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

氷の張った試験場跡の水路の前で立ち尽くし

ただ

ただ

考えました。

 

産業遺構の保存の難しさと
地元の人の声と

大好きな建物のために何も出来ない自分を

 

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