雲仙普賢岳 大野木場地区 その1
2026/3/21 更新
雲仙普賢岳の火山災害とその後に整備された火山砂防について
勉強するために長崎県の島原市にやってきました。
陸路だけで島原に向かうのではなく熊本港からフェリーで島原港に渡ることにしました。

島原港に到着し、下船してターミナルビルに入ってすぐ
目に飛び込んできたのはこの展示でした。
島原港のフェリー待合室に展示されている雲仙普賢岳火山災害の記録。
島原市災害対策本部の看板と当時の写真と年表です。
年表は平成2年から約一年、最も被害が大きかった時の様子が写真を添えて紹介されていました。
平成2年11月17日
普賢岳山頂の九十九島火口及び地獄跡火口の二カ所から噴火を確認
その後、小康状態
平成3年2月12日 屏風岩火口から再噴火
活発な噴煙活動が続いて大量の火山灰が降灰
5月15日 はじめての土石流が発生 平原橋流失
土石流発生に備え、水無川上流域町内に避難勧告を発令
5月18日 市災害警戒本部を24時間体制の市災害対策本部へ切り替え
少雨量でも土石流が頻発
5月20日 地獄跡火口内に溶岩塊が出現
5月23日 成長した溶岩塊し火口東縁を越え落下
5月26日 十町内に避難勧告を発令 火砕流続発・市内に大量の降灰
5月29日 島原市・深江町に対して「災害救助法」が適用される
6月3日 大火砕流発生(死者・行方不明者43名)
陸上自衛隊に災害派遣を要請
6月7日 火砕流危険区域を警戒区域(立入禁止)に指定
6月30日 土石流が発生し、鎌田町・北安徳町で家屋が流失・倒壊
7月10日 天皇・皇后両陛下がお見舞いに来島
8月28日 成長を続ける溶岩ドームは、新たに西側にも形成され、堆積1200m3(東京ドーム約10杯分)
9月15日 大火砕流が発生し、熱風は深江町大野木場地区へ(大野木場小学校焼失)
9月27日 台風19号の影響で、市内全域が停電や断水
12月1日 火山性地震の一日発生回数が500回を超える(噴火以来最多)
火砕流が続発し、その度に降灰が発生
12月17日 土石流で寸断されていた島原鉄道・島原外港から深江間が206日ぶりに運行再開
島原市災害対策本部看板の説明には
開設期間 設置:平成3年5月15日 解散:平成8年6月3日(通算1844日)と記されていました。

九州地方整備局 長崎河川国道事務所 雲仙砂防管理センターの皆様に
雲仙の砂防に関連する施設見学をお願いしました。
最初に連れてきていただいたのがこちらの大野木場監視所です。
大野木場砂防みらい館という資料館も一緒になっています。

この大野木場監視所には「普賢岳・火山砂防 無人化施工発祥の地」の碑があります。

その碑の土台にあるこの稲妻模様になったコンクリートですが
これが雲仙で最初に無人化RCC工法で造られた堰堤の作り方を
表すものになっていました。

現場の説明板には無人化施工の歩みも記されています。

噴火の際には大量の火山噴出物が発生します。
火山灰、礫、噴石等が降り積もり、雨などで容易に流出します。
土石流が頻発する理由はこれです。

平成4年に長崎県は普賢岳の噴火、火砕流、土石流の流下コースになっていた
水無川に砂防堰堤を設置する計画を立てます。
平成5年、建設省が雲仙復興工事事務所を開設しました。
ここから無人化施工への取り組みが始まったのです。