芹川ダム見学 その6

取水口の上の空気抜きの横にいると
しゅごごぉぉぉぉ しゅごごぉぉぉぉ しゅごごぉぉぉぉ
と、お水の流れていく音がなんだか怪しくて楽しいです(笑)

日が傾き始めてダム湖はますますコントラストがはっきりして
綺麗になってきました。秋の空の下、水が綺麗です。

「ダムと野鳥」
昔このあたりの農家の人は、ひどい
水不足でたいへん困っていました。お米をつ
くるには、ずいぶんたくさんの水が必要です。
そこで昭和14年から10数年間、多くの人々
が汗と泥にまみれてこのダムを作り上げたの
です。
この人造湖には、カイツブリやマガモなど
の渡り鳥がやってきますし、オシドリもみら
れて、野鳥の静かな生活の場所になっていま
す。
大東亜戦争中に建造されていたダムの様です。
詳しい資料が無いかとビジターセンターの方に行くと
数台のマイクロバスに高齢者の団体さんが乗り込んで大混雑中。
近くの老人ホームからの見学会があったようでした。
前でのさばっている若い衆は邪魔だと思わないのか動こうともしません。
大人数が行き過ぎた後、ビジターセンターに入ります。
図書室に職員の方がいらっしゃいました。
「すいません。こちらのダムのデータを知りたいのですが
詳しい資料は見せていただけませんでしょうか。」
「ダムの事が知りたいの?」
「はい。堤体の横の説明書きは見て来たのですが。」
事務所からダム諸元のコピーをもってきてくださいました。
パンフレットなどは無いとの事でした。
「何回か補修しているけどこれは土堰堤だからねぇ。
灌漑用の溜池と思ってくれたらいいねぇ。」
堤体の下で出会った方もそうですが地元の方は
このダムを土堰堤と仰います。アースダムという名称のほうが
なじみが無いのでしょう。
資料には洪水吐きのことも書いてありました。
「洪水吐きはどこにあるんでしょうか?」
「余水吐きのこと?この奥に行ったら橋が架かってるから
その下がそれです。」
対応してくださった職員の方はダムの事を聞きに来る人は珍しい様子で
色々詳しいお話を教えて下さいました。
「この土堰堤は昭和13年に計画が持ち上がったんやけど
戦争があったでしょ。それで戦後までかかって昭和30年に
やっと出来たんですよ。」
「ダムに沈んだ場所は水田ばっかりでね家とかは無かったですよ」
「今の人はあんまりしらんかも知れんけど学徒動員ってあったんです。
これはその人たちが作ってきたんです。」
「トロッコで上(かみ:上流)から取ってきた粘土質の土をこれくらい
(ソフトボール位)に丸めてね、芯になるところにぽんぽん投げるんですよ。
それで中央を固めるんだね」
あんまり建設当時のことに詳しい方なので吃驚してあんぐり口をあけていたら
本当にもろに地元の方で建設現場を実際に目にしていた方だったのでした。
当時のお話に吃驚しつつお礼を述べてビジターセンターを後にしました。
教えて頂いた洪水吐きのほうに移動します。

ダム湖はこんな風になっています。
堤体左岸側に洪水吐き。右岸側に取水設備です。

ビジターセンターから少し進むとすぐに青い橋が架かっていました。
この下が洪水吐きになっているということです。