ダムナイト3 大忘堰会 発表スライド(抜粋)

「異形の堤体 バットレス」

今回は、国内に6基しか存在しないバットレスダムの紹介をしたいと思います。


まずバットレスダムとはどんなダムかという説明を簡単にしたいと思います。


バットレスダムは
「水圧などの荷重をスラブまたは連続アーチにより支持し、さらにこの力をバットレスによって基礎地盤に伝達させるコンクリート造りのダム」
と定義されています。

独特の形状で異形のダムとして認識される方も多いかと思います。


日本でいうバットレスダムは「スラブ式バットレスダム」を指します。
水を堰き止める遮水板
遮水板を支える扶壁と横桁
で、構成されます。


下流から見るとこのように格子状になっています。
黄色の部分が遮水板
緑の部分が横桁
白い所が扶壁になります。


国内ではマルティプルアーチとして名高い香川県の豊稔池もバットレスダムの親戚です。


日本には現在6基のバットレスダムがあります。
北海道の笹流
群馬の丸沼
岡山の恩原
鳥取の三滝
富山の真立・真川調整池
です。


わが国では1913年(大正12年)、北海道函館市に笹流ダムが初めてバットレスダムとして登場しました。
笹流ダムの設計者は小河内ダムの設計で有名な小野基樹先生です。


日本のバットレスダム建設は物部長穂博士の研究なしには進められませんでした。

秋田県大仙市共和町には物部先生の記念館があります。
私はまだ未訪なのですが見学に赴かれた方から資料写真を頂いております。


物部博士は
水系一環河川管理計画、水理学、多目的ダム論を打ち立てられた方であり
バットレスダムの耐震理論を確立されたバットレスの父と呼べる方です。

「耐震池壁」として特許も取っておられます。


物部長穂博士の像です。
こちらの記念館には非常に素晴らしい資料がたくさんあるという事でいつか見に行きたいと思っています。

地震の多い日本においてバットレスダムが築堤できるようになったのは物部博士の功績です。

物部博士の指導の元
恩原ダム(1928年 昭和3年)
真川調整池ダム(1929年 昭和4年)
真立ダム(1929年昭和4年)
丸沼ダム(1931年 昭和6年)
が次々と築堤されました。

国内最後のバットレス、三滝ダム(1937年 昭和12年)については設計者が不明だそうですが
時期的に考えても多分、物部博士が関わっているのではという意見もありますし
多分、笹流以外は物部博士の子どもでしょう。


では各バットレスダムの紹介に移りたいと思います。


笹流ダム


函館市水道局が管理する水道用ダムです。

最も地域と観光客に開かれたバットレスダムであると思います。

堤体自体は元々は華奢な扶壁と横桁で作られていたのですが
改修工事で極太に変身しました。
他のバットレスダムと全く趣が違います。

天端を真横から見るとこのように下流側が絶壁です。

天端から見下ろすと美しい公園があります。

右岸には堤体から離れた所に洪水吐が設置されています。

これは函館市水道局に見学申請をして見せて頂いたものです。


堤体周辺は基本的に開放されていて堤体直下まで近づけます。

中にも入れます。

説明板も現場に充実していますし水道水源らしからぬオープンさで驚きです。
パーキングも完備されています。

これだけ素晴らしい笹流ダムですが
毎年、11月から4月頃までは積雪のため公園自体に入れなくなりますので見学に行く方はシーズンをしくじらないよう気をつけてください。



丸沼ダム


東京電力が管理する発電用ダムです。

まずはなんと言っても国指定重要文化財です。
発電所建屋が重要文化財指定を受けているところはたくさんありますが現役の『発電用ダム』で堤体が国指定重要文化財というのは国内でここだけです。

 現役の水道用ダムで国指定重要文化財は神戸市の布引(五本松)ダム、舞鶴市の桂取水堰堤と岸谷ダム等多数。
 現役の灌漑用ダムで国指定重要文化財は大分県の白水溜池堰堤などがあります
 発電関係はどうしても発電所の方に注目されて堤体はスルーされているような気がするので殊更にこの丸沼の重文指定は嬉しく感じます。

天端はこのように頑丈な柵でふさがれています。
年に数回、特別見学会も実施されるようになりましたがそれ以外では天端に入れません。

 これは建設当初のデザインをそのままにしており天端高欄の高さがとても低いなど構造上、仕方がない事ですので公式見学会を狙って見て頂きたいと思います。 
 毎年10月28日の群馬の日は要チェックです。

特徴はなんといっても堤体の上下流に丸沼、大尻沼というふたつの湖を確保しているという事です。

下流の大尻沼です。

ダム湖である丸沼です。

右岸から見た天端です。

こういう特殊な立地の為、堤体直下に水面が広がり、他のバットレスダムとは全く違う顔を見せています。

一番下の通路から奥を見た所です。
足元も横桁で格子状になっています。

国内で最も堤高が高いバットレスダムです。
総貯水量でも群を抜いて大きいです。
そして天端標高が一番高いバットレスダムです。
こんなに過酷な寒い場所によくバットレスダムを築堤されたな〜というのが現地での感想のひとつに在りました。



恩原ダム


中国電力が管理する発電用ダムです
恩原高原という風光明媚な観光地に美しいダム湖を有しています。

右岸に洪水吐があります。

天端も自由に通行できます。

渇水時には遮水板の横にこのような階段があるのを見る事ができます。

左岸から見た所です。垂直に切り立っています。

ダム湖側の遮水板だけを見ると傾斜が緩やかな事もあり表面遮水フィルのような景観です。
これは抜水している時ではなく渇水している時の恩原ダム湖です。

恩原ダムも改修工事で骨太の外観に変身しました。

笹流のようなデザインを根本から変えるような改修ではなくコンクリートで巻き立てて太くするという改修工事です。

この写真はまだましなのですが恩原ダムにはどこからこれだけ集まったのかというほどイワツバメが住んで居て堤体周囲を飛び回っています。

飛び交う鳥と高原の風を感じるダムというイメージが個人的に強いです。

冬にも行ったことがあるのでその時の様子です。
積雪90cm近くありラッセルして格闘する事30分。
命の危険を感じて引き返しました。

恩原ダムのすぐ近くにはスキー場もあります。
冬場は近づくべきでないと思い知りました。



三滝ダム


中国電力が管理する発電用ダムです。

国内で最後に造られたバットレスダムです。
天端は中国自然歩道の一部となっており通行可能です。

特徴はほかのバットレスダムでは見られない堤体の左右にある洪水吐水路です。
左右バキ自体珍しいのですがバットレスという事で事更にその形状は際立って特殊です。

左岸の洪水吐越流しているところ

右岸から越流しているところです

天端中央から直下を見下ろすと水槽のような物が見えます。
排砂ゲート関連の物と思われます。

三滝ダムも恩原ダムと同じく改修工事で骨太の外観になりました。

いつも三滝には朝早くに到着することが多いので
朝日が遮水板に当たって真っ白な姿をよく見ます。
堤体が綺麗に西を向いています。

では夕方に来たら下流面に陽があたって綺麗に撮れるかというとかなり谷が深いので微妙です。
時間帯より夏至の頃の昼間などが良いかもしれません。
でもバットレスの格子の奥まで陽が当たることはないので難しいかもしれません。

三滝に独特の構造として
バットレスの格子の隙間をコンクリートの壁でふさいでいることがあげられます。

これはバットレスダムを悩ませるコンクリートの凍害に対して設置されたものでその名も保温壁といいます。

遮水板との間に閉じた空間が形成され、コンクリートの傷みを防ぐという効果があげられるのだそうです。

左右のバキが実に印象的
バットレスダムの最終進化形
三滝ダムは非常に華やかなバットレスダムです。



真立ダム


北陸電力が管理する発電用ダムです。

真立というととにかくたどり着けない秘境のダムというイメージがあります。
管理しておられる北陸電力の方は徒歩で日常的に堤体まで行っておられますがその道程は非常に険しいです。
そして地震・台風でここ数年、連続してダムまでの管理道路が危険な状態になっていて補修工事が続けられています。

道中、尾根からこのように遠目に堤体を目にした時は感動と疲労で足が震えました。
山の上からずっと伸びて来ている水圧鉄管は真立ダムの横に在る小口川第三発電所に到達しています。
どこから来ているのかというとこのエリアでもっとも標高の高い場所に在る祐延ダムからです。

真立ダムは日本一の高落差一般水力発電を誇る小口川第三発電所の調整池です。
その落差621.20m。
建設当初は揚水発電を行うため祐延ダムを上池、真立ダムを下池として使用されていました。

真立の特徴はとても小さなダム湖です。
バットレスダムの中で最も小さいダム湖で総貯水量は26000立方メートルです。

小口川第三発電所はダム湖の奥にこんなに可愛らしくちんまりと建っています。
日本一なのに控え目。
こういう所に萌えます。

堤体ですが真立ダムは凍害に対する補修は行っていますが
デザインに関わる変更は全く行われていません。

立山の厳しい冬を乗り越えてきた遮水板

凍害と闘う天端のコンクリート高欄

建設当初の姿をそのままに残しているという点で考えると
改修工事組(笹流・恩原・三滝)と原型維持組(丸沼・真立・真川調整池)に分けられます。

バットレスダムを原形を維持したまま管理するというのは本当に大変です。



真川調整池ダム


北陸電力が保有する発電用ダムです。

真川調整地には登山道があり真立に比べてアプローチしやすいのではというイメージがありましたが
実際に行ってみると最も過酷な行程でした。
写真の右に写っているのが真川です。
ちなみにこの写真を撮ったのはダムまでの道の中間地点。先はまだまだ長いのです。

標高差450mをくねくねしつつもほぼ真っ直ぐに延々登らねば辿り着けません。
各地で秘境に在ると言われるダムもいくつか見てきましたが
自分が行ったダムの中で最も過酷な道程のダムが真川調整池です。

こちらも管理しておられる北陸電力の方は半日がかりで徒歩で日常的に通っておられるそうです。

真川調整池は北陸電力の方が「熊のおうち」とお呼びになるほど熊がたくさん住んでいるエリアです。
見学に行く時には必ず2名以上で熊対策を万全にしておでかけください。

真川調整池は水槽のような構造になっており
ダム湖部分は底まですべてコンクリートで固められています。

第一印象がグランドピアノ型のダム湖でした。
左右逆ですが。

天端はこのようにダム湖側も下流側も鉄柵で真立とは少しデザインが違います。

左岸から見た天端です。

左岸には天端の延長線上に洪水吐があります。

ダム湖を一周する形で管理道路が設置されています。

二つの経路から水が流れ込んでいるのですが
立山からの最高に美しい水が来ていることもあり現場でその尋常ならざる美しさに感動しました。

堤高はバットレスダムの中で最も低い19.1mです。

そして原型維持組なので堤体は建設当初のままで
立山の横、標高1000mという極めて過酷な環境に在るにも関わらず
見事にその造形を維持しています。

立山の奥深く
年月を重ねたコンクリートは
華やかな宝石の美しさではなく
一見地味に見えても
見つめていればその美しさの虜になる
奥の深い、準宝石の様な魔力を秘めていました。


6基のバットレスそれぞれに特徴がありますが
いずれも美しく素晴らしいダムでした。


最後に
おまけで
中国電力が管理している奥津発電所調整池 懸崖水槽を紹介します。

これもバットレス構造なのですが河川に築堤されていないためダム扱いになりません。

見ごたえのある美しいバットレスなので一般公開してほしい物件です。


御清聴ありがとうございました。