令和3年7月 鶴田ダム 防災操作
2021/12/26 更新
国土交通省の川の防災情報 鶴田ダムのハイドログラフの画面です。
期間は令和3年の7月8日から11日まで。
令和3年7月9日から10日にかけて
九州地方に、特に鹿児島県と熊本県に線状降水帯による豪雨がありました。
令和3年の7月上旬、梅雨前線が居座り、各地で大雨が降りました。
静岡県の熱海市ではわずか2日間で平年の7月一ヶ月分を上回る雨が降り
土石流災害が発生しています。
7月9日03:00から10日の03:00までの天気図です。
ほとんど動かず、動かない高気圧の周囲に低気圧の数だけが増えていく
奇妙な天気図でした。
7月8日11:00のひまわり画像です。
7月10日05:30のひまわり画像です。
前線が動かないため西から次々に雲が生まれているのが分かります。
7月10日05:48の川の防災情報で見た九州南部の降雨のレーダー画面です。
赤く表示された川があります。
鶴田ダムのある川内川です。
鶴田ダムの下流で水位が急激に上がっていたのです。
鶴田ダムの下流、9.6kmの宮之城地点で水位は避難判断水位に到達していました。
この時、鶴田ダム地点では59.5mm/hという凄まじい雨が降っていました。
降り始めからの雨量が既に330.7mmにも達していました。
そしてダムへの流入は2347.01m3/s
ダムからの放流量は737.40m3/s
貯水位は洪水貯留準備水位をわずかに超過してEL126.51mでした。
避難判断水位に到達していた川内川の宮之城地点のCCTVカメラ映像です。
直後に、出水市、伊佐市、薩摩川内市、さつま町に緊急安全確保(警戒レベル5)が発令されました。
鹿児島県薩摩地方に大雨特別警報が発令されました。
この時、鶴田ダム地点で時間雨量94mmが確認されました。
鹿児島県えびの市の加久藤地区でもとんでもない数字が出ました。
時間雨量70.5mmです。
突然、積乱雲が発達して生じた降雨ではありません。
雨雲の原料、暖かく湿った空気が海上から途切れず供給され続けている
凶悪極まりない前線性降雨での時間雨量でのこの数字です。
記録的短時間大雨情報が出ました。
降り続く雨の中での120mmにも達する時間雨量。
7月に入ってから降り続いた地面はもう保水力を失って
いつ、どこで地滑りが起きてもおかしくない状態です。
ずっと同じところに雨雲がかかっているのです。
右下のレーダー雨量をずっと見ていましたが
動く気配がありません。
鶴田ダムのダム湖、大鶴湖の上流にある曽木の滝。
あの平成18年7月豪雨の時にも見られたぞっとするような
CCTVカメラの映像が出ていました。
一面の濁流。
ここが川であるとは…。
荒れ狂う海のような画像です。
平成18年7月豪雨の後、行われた川内川激甚災害対策特別緊急事業のひとつとして
曽木の滝を迂回する形で左岸側に曽木の滝分水路が建設されています。
河道掘削で流下能力を高めることが景勝地では困難だったため
景観に配慮してあまりに美しく造られたためにグッドデザイン賞まで獲ったという。
なので洪水は分水路でショートカットされて、一部は曽木の滝を経由せずに
下流に流れ下っているわけですがそれでもこの水量です。
どのあたりを撮った写真か、手元のある曽木の滝の写真で確認してみました。
おおむね、四角で囲っているあたりを映していると推測できます。
曽木の滝は非常に幅の広い滝です。
CCTVカメラはこの写真でいうと右側、対岸の左岸側にありますので
後ろに見えている山の形などが違います。
普段の曽木の滝はこのくらいの水量なのです。
比較として、平成18年7月豪雨時の曽木の滝の様子がこちらになります。
そしてダムから9.6km下流。
平成18年7月豪雨で大変な浸水被害が出た宮之城地点では
7月10日06:00時点で水位は7.32mに達しています。
宮之城地点の水位グラフです。
日付が変わってすぐ、雨が降り出し
累加雨量で400mmに達する降雨となりましたが少しずつ雨量が減っていたのです。
06:00の観測値では宮之城と上流でわずかに水位が下がり始めていました。
下流はまだ上昇していますが。
この時、上流では鶴田ダムが流入量を1/3近くにカットしていました。
7月10日05:50時点での川内川の状況です。
中流で川の水位が黄色と赤色で分かれています。
その境界にあるのは鶴田ダムです。
7月10日02:30のレーダー雨量です。
黒の●印が鶴田ダムのある場所です。
03:25のレーダー雨量。
04:35のレーダー雨量
05:30のレーダー雨量です。
ほとんど雨域が動いていませんでした。
この時に現場では
「レーダーが更新されていないのか?」
ずっと同じ場所にかかり続ける強雨域に思わず出た声がそれだったと聞きました。
川内川の支川、羽月川で氾濫危険水位に到達するほど水位が上がりました。
運よく、この後、水位が下がり始め、氾濫には至らなかったということです。
ニュース画面に出るレーダーは1時間経過してもほとんど動かず
同じ場所に雨が激しく降り続いています。
この時、水位が上がってあふれ出した川は薩摩川内市の川内駅の
すぐ傍にある春田川でした。
7月10日11:22 NHKニュースで
「鶴田ダム 緊急放流の可能性 午前11時半ごろ」
という報が流れました。
この緊急放流という単語は誤解を生みやすいことと
色々なパターンがあることから個人的に強い違和感を感じます。
でも、流域にお住まいのダム操作を全くご存じない方には
とりあえず放流量が増えるという事を伝えることこそが大事なので
緊急放流という単語が使われるようになってしまったのかと思います。
しかし、その後、緊急放流見送りという報が入りました。
12時間雨量では
あの悪夢の平成18年7月豪雨を上回った今回の豪雨。
鶴田ダムへの最大流入量でも
平成18年7月豪雨の4040m3/sを上回り
4107m3/s(7月10日08:30観測)でした。
川内川河川事務所のHPで
HOME/防災・災害情報/川内川水系流域治水協議会に進み
鶴田ダムとともに水害に強い地域づくりを考える意見交換会
>第10回 意見交換会 説明資料
で見ることができます。
まず、既往最大の降雨、平成18年7月豪雨との比較です。
今回の豪雨は総雨量では及ばなかったものの
12時間雨量では上回っていました。
前線性降雨ですが降り始めに記録的短時間大雨情報も出て
極端な降り方をした雨でした。
ダム流域平均雨量で20mm/s以上の雨が8時間
その内40mm/h超の雨が3時間も続きました。
流域平均の時間最大雨量は7月10日05:00の59.5mmでした。
鶴田ダムは予備放流水位を持っており
放流方式は階段式一定率・一定量方式で洪水調節・防災操作を実施していました。
再開発前は総貯水容量1億2300万m3のうち、7500万m3の洪水調節容量を
階段式一定率一定量方式で洪水調節・防災操作を実施していました。
再開発で更に低水位放流設備が増設されたことにより
洪水調節容量は9800万m3となり、一定率一定量方式に変更されています。
再開発で常用洪水吐、低水位放流設備が整備されたことで
予備放流水位をEL131.4mから115.6mに下げ
洪水調節時の放流方式も一定率・一定量方式になりました。
洪水量は600m3/s
大規模な出水を引き起こす可能性がある降雨が予測されるとき
まず予備放流水位まで水位を下げます。
そしてダムへの流入量が600m3/sを超えたら洪水調節を開始します。
Q=0.5×(Qt-600)+600
この後、少しずつ放流量を増加して行きますが
「一時間当たりの増加分から600m3引いた量の半分に
洪水量の600を足した量になるように放流量を増やしていく操作」になります。
※ただし急激な流入量の上昇に対しては放流量の増量に制限がかかることがあります。
いわゆる“30分30cm(河川によっては50cm)”の発動です。
洪水時最大放流量は2400m3/s
2400m3/s以上は流さない(一定量)という操作です。
今回の洪水調節・防災操作の詳細な説明がこちらになります。
4つのグラフが並んでいてとっつきにくそうに見えますが
一つずつのグラフの情報を同じ時刻で見ることがとても重要なのです。
一番上にあるのがハイエトグラフです。
時間雨量と累加雨量が同時に見られるグラフです。
上から2番目がダム湖貯水位グラフです。
紫の線が示しているのは緊急放流(異常洪水時防災操作)開始水位の線です。
上のハイエトグラフと一緒に見ることで
降雨が行き過ぎた後にこれを超過していることが分かります。
3番目にあるのがダムへの流入量と放流量のグラフです。
青い線がダムへの流入量、赤い線がダムからの放流量です
一番下にあるのが鶴田ダム下流の宮之城地点の水位です。
一つ上の、ダムからの放流量を示す赤い線と比べると
水位が低下し始めてからダムが放流量を増やしており
下流の水位をその時点で出来得る限り下げ
かつ、ダム湖貯水位を危険な状態まで上げない事に繋がる
最適放流量を出し続けていることが分かります。
鶴田ダム下流の宮之城地点の水位です。
既往最高水位は平成18年7月豪雨で記録された11.63mです。
@7月9日から徐々に水位が上がり始めていますが
10日になった直後に急激な上昇があります。
Aそしてピークを打って下がり始めた後
ダムの残された空き容量を効果的に活用するために
河川水位を注視しながら放流量増量を開始しました。
B再びわずかに水位が上がり始めました。
ここで鶴田ダムは放流量を一定にし水位が下がるのを見極めています。
C雨の降り方と下流水位を見ながら徐々に放流量を増やし
鶴田ダムでは最大放流量1934m3/sで後期放流に移行しました。
洪水調節終了時刻は10日の16:40でした。
10日に再び上がり始めた時点から水位は徐々に下がっていき
後期放流と同じ曲線になっています。
普段の鶴田ダムの様子です。
台風と梅雨前線による降雨に備えた洪水期の制限水位です。
こちらが鶴田ダムの貯一容量配分図です。
総貯水容量は1億2300万m3です。
鶴田ダムの満水位はEL160.0mで
物理的に下げられる最低水位はEL115.6mです。
洪水期の運用を詳しく見てみます。
平常時は
EL121.1m(6月11日〜7月31日)
EL125.4m(8月1日から8月20日)
EL133.5m(8月21日〜8月31日)
で運用されますが、大雨が予想されるときは
予備放流水位EL115.6mまで水位を低下させて
洪水調節容量9800万m3の容量を活用し洪水調節を行います。
何度か説明していますが予備放流は本則操作です。
9月は特に複雑な配分となります。
平常時はEL147.6mを上限とする運用なのですが
大雨が予想されるときは通常、予備放流水位のEL133.5mまで水位を低下させて
洪水調節容量7100万m3の容量を活用し洪水調節を行います。
しかし、台風と前線性降雨が一緒になるなど
事前の予測で大量の降雨が予測され
緊急放流に移行する可能性があるような場合は
本来は発電のための容量として確保する水を
事前放流することで洪水調節容量を更に増やし
予測によっては最低水位EL115.6mまで水位を低下することとなっています。
事前放流は特別な防災操作です。
◆
そしてこの事前放流容量が2700万m3あるということろが
一番、驚いて欲しいところです。
淀川水系・木津川戦隊ゴレンダムのエース
上名張カットで幾多の洪水を防いできた
名張の守護神・青蓮寺ダムの貯水容量とほぼ同じ量なのです。
この事前放流の容量を確保するためには
何日も前から少しずつ、下流に洪水を起こさない量で安全に流し続けて
確保しないといきなり空けることは絶対に無理!という事です。
ダム湖の水を空にするってそうそう簡単にできることではないので。
鶴田ダムの事前放流容量を使う=容量確保する、ということは
何日も前から大雨が予測されており
備えるために何日も前から放流が可能でなくてはなりません。
現在の降雨予測で唯一確実に予測ができる災害である台風性降雨に対して
この事前放流容量確保操作は最も効果を示すと考えられます。
もちろん台風以外の降雨が予測される場合でも活用される容量ですし
前線性降雨による先行降雨で下流水位が高い状態で推移している時など
安全に水位が下げられない場合もあるので
台風性降雨に絶対的に有効なのが事前放流というわけではないので
誤解のないようにお願いします。
管理所の方はそれらすべての要件を考えて放流計画を立てているのです。
◆
今回の雨で洪水時最高水位のEL160.0mまで5.8mという、EL154.2mに達した貯水池の様子です。
大鶴湖の真ん中あたり、求名地区の7月の普段の風景です。
今回の雨での最高水位時はこんな状態になっていました。
7月11日05:15
1900m3/s放流時の鶴田ダムです。
下段常用洪水吐コンジットローラーゲート3門
上段常用洪水吐コンジットラジアルゲート3門
による6門放流です。
平成18年7月豪雨災害から10年目の平成28年の5月11日に再開発事業が完了しました。
それから現在の常用洪水吐6門体制で洪水調節・防災操作を実施しています。
令和3年7月10日
既往最大流入量、4107m3/s(7月10日16:10観測)を記録した雨。
塊のようにやってきた降雨、形成された線状降水帯
動かない雨域
川内川激甚災害対策特別緊急事業で整備されたハード
引堤・築堤 河道掘削 輪中堤 陸閘、樋門新設
橋梁改良 分水路 宅地嵩上げ
それらすべてが効果を示していました。
過去のどの雨よりも激しく
短時間で流域を襲った雨に対して
最後の砦は鶴田ダムでした。
川内川流域では
人的被害0 家屋浸水床上30戸 床下110戸
平成18年7月豪雨の浸水戸数2347戸を大きく下回りました。
浸水面積は1256.4m2 (R3年8月12日時点)です。
上流を見
下流を見
レーダーを見
予測を立て
ダムとしてできる最高の効果を
積み上げられた英知が導き出す予測が
今回の操作に現われました。
あの平成18年7月豪雨からずっと
その肩に“F”を冠されたダムとして
考えに考えられ突き詰められてきた操作を展開しました。
貯水容量を最大限活用して
流域の人々の信頼に応える操作を行うこと
鶴田ダムのゲートの向こうに見える人の心
それは流域の方の信頼に応える
流域の方に理解してもらえる
ダムとして最高の仕事をするという心でした。