台風12号被害調査報告会 参加レポート

2012/3/20 更新


2012年2月24日、大阪市内にやってきました。
お天気はそこそこ良いものの気温の低さにぷるぷるしながら到着しましたのは
大阪府立男女共同参画・青少年センターこと、ドーンセンター。


なんでここにやって来たかというと
この日、公益社団法人土木学会と公益社団法人土木学会関西支部による
「平成23年台風第12号による被害調査報告会」
というイベントがあったからです。

2011年台風12号

それは紀伊半島に観測史上最大の降雨をもたらした台風です。
スピードが遅く、長期間にわたって紀伊半島に雨をもたらし
多数の土砂災害、水害を引き起こしました。

災害直後から現地に入っていた人たちの声をメールで頂き
ずっと被災地を心配していました。


道路が復旧してから日高川町〜那智勝浦町に入りました。
数年前に見た川と全く違う顔になった川に驚愕し
上がった河床に呆然となりましたが
頑張ったダムにお疲れさまと言いに行くことができました。

この台風がもたらした災禍は何もかもが桁はずれだったと
あちこちから聞いていましたが具体的な数値として理解していませんでした。

新聞でTVの報道で県のプレスリリースで
ずっと追いかけていましたが広域にわたる大規模災害は
全容を理解することも難しかったのです。


という事で、この会の情報を聞きつけたときに
絶対絶対絶対聞きに行くんだっ!!と心に決めていたのでした。

会場開場直後に飛び込んで良い席確保〜♪
早く会場入りして正解でした。
あっという間に席が埋まっていったので。
スライドが見やすい被りつきの席を確保。

13:00定刻に開会です。


京都大学防災研究所の山口先生から
「豪雨の特徴と特異性」

「どのような豪雨だったのか」
「なぜこんな豪雨になったのか」
「降雨予測はどうだったのか」
という内容です。

まず用語。
一つの観測点に対して

台風とは
降雨の範囲が1000km(にも達する)
継続時間は1日から数日
大河川での洪水や大規模水害、土砂災害を引き起こす

集中豪雨とは
降雨の範囲が100km(にも達する)
継続時間は6時間から半日程度
中小河川での洪水、内水氾濫、土砂災害を引き起こす

局地的豪雨・記録的短時間降雨(いわゆるゲリラ豪雨)
降雨の範囲は数km
継続時間は1時間程度
小河川、下水道内の鉄砲水。都市内水氾濫を引き起こす

すっきり区分、分かり易ーい♪

で、今回の台風12号はというと

・半径500kmを超える大型台風
・高気圧に行く手を阻まれて速度が遅かった
・72時間雨量で1652.5mm(奈良県上北山村)→これまでの記録、1322mmを超えた
・各地に土砂崩れによる河道閉塞・堰止湖が多数発生した


台風12号は長時間にわたり停滞し強い雨が連続して降り続くという最も危険なパターンでした。

降り始めから降雨の最大ピークに達するまでの時間は96時間もかかっており
この間に雨域のすべては土中の水も飽和状態になり
雨に強い紀伊半島であったにも関わらず、地面の保水力は限界を超えていました。

 ◆

次に、どうしてこんな豪雨になったのかという点ですが
これには“地形性降雨”というものが大きく関わっているということでした。

最近は台風の度に必ずチェックしているのが
国土交通省のXバンドMPレーダー。
とにかく精度が高いということを教えていただいていたので
こればかり見ていたのですが
これは気象庁のCバンドレーダーと観測高度が違うのだそうです。

気象庁のCバンドレーダーは全国を網羅しなくてはならないので
高い山の上や障害物のない岬など各地に設置されているのですが
そのレーダーの観測高度は地表から約1000m付近。

それに対して国土交通省のXバンドMPレーダーは
都市部の集中豪雨、局地的豪雨にも敏速に対応できるようになっていて
観測高度は地表から約400m付近。

今回の台風12号の紀伊半島での雨量予測は
CバンドレーダーとXバンドMPレーダーでかなり差がありました。

それは観測域が異なっていたからでどちらかが間違っていたからだというわけではありません。
 ↑ここ重要!!

大規模な災害を引き起こした今回のエリアでは
年間降雨量日本一の大台ケ原を真ん中に山岳地帯が広がっています。
Cバンドレーダーは地形の影響を受けない非地形性降雨の雨域を捕えていました。
そのため、降雨予測もそのデータをもとに出てくるのは仕方がないのです。

そして実際の災害を引き起こした地形性降雨は
Cバンドレーダーで補足できない地表に近いところで発生した雨雲からもたらされた雨だったのです。

京都大学防災研究所ではこのような雨をどうやって正確に予測するかという問題に取り組んでおられ
より正確な予測の提供に知恵を絞っておられるのです。


年々、その精度が向上している雨量予測ですがまだまだ難しいです。
数時間の予測精度はものすごく上がっていますが
10日後の予測など不可能に近いです。

台風がどう育つか、どのようなコースをたどるか
どの場所でどのくらいの雨を降らせるか
それが正確に予知できる人は世界のどこにもいません。

洪水の後に(必ず後に)
「あらかじめ降雨を予見してダムの水を捨てて洪水調節容量を確保しておけばよかったのに」などと
とんでもない事を口にする人はダムの仕事あり方と
人の手でどうすることもできない気象というものを軽く見ているのかなーと思います。

国土の災害対策が進んで
災害のない日々が長く続くことで
気象災害をコントロールできるインフラを手に入れたと誤った認識を持ってしまったら
この災害大国・日本で安全に暮らすことは難しいのです。

より正確な降雨予測のために頑張って研究しておられるのをお聞きできて
しょっぱなからもうノートが追い付かないくらい。
大丈夫か自分。



京都大学の立川先生の
「洪水流出の特徴」

台風12号はとてつもない降雨をもたらしたということがわかった後
実際に川にどれくらいの水が流れたのかを調査・研究された報告です。

とにかく被害甚大だった今回の台風12号では
国土交通省、各県の設置した雨量計、水位局舎もあちこちで流失、損壊を受け
データが途絶しているところが多く、正確なデータは入手困難でした。

そんな中、電源開発様の水位観測所が奇跡的に生き残っていて
観測データを得ることができたポイントがありました。

さらに、その上流にある電源開発様のダムにはゲート放流量の記録が残っています。

これらをもとに熊野川下流の相賀という場所での流量を予測したという発表でした。


びっくりしたスライドのひとつ。

ダムへの流入量を比較するときに用いるグラフ。
これは流入のピークを中心にしてどれだけの雨がどのくらいの期間に降り続いたかを見られるグラフです。
普通の台風ではピークの前後24時間くらいで山ができていますが
今回の台風12号では72時間も前から大量の流入が延々と続いていることが分かるグラフでした。

このグラフで見たらどれだけ大変な雨だったのかが一目瞭然!!
総流入量グラフすげーーー!!
データ提供の電源開発様、ありがとぅぅ!!


そして計算した結果が愕然とする水量でした。
ピーク時に熊野川に流れた水は23000t/s〜26000t/sとの推定が出たのです。

これだけの水を
周囲の人々の暮らしに影響を及ぼさず
確実に流すことのできる川って国内にあるんですか。

考えられない水が押し寄せたのです。
だから洪水に対して対策をとり、防災意識も高い和歌山でもあれだけの被害が出てしまったのです。
山間部では次々と土砂崩れが起き、流出した木々や土砂が橋を閉塞して道路を流してしまいました。

あまりの数字のでっかさに呆然自失。
はっと気付くとノートが途切れていてギャーッとなる。
あまり大丈夫じゃない自分。



国土交通省近畿地方整備局から
「被害と近畿地整による対応の概要」

スライドの左肩には「がんばろうら! 十津川郷」
右肩には「まけるな! 和歌山」
ひとりでうんうんと首を振り続ける自分。

国土交通省近畿地方整備局が今回の災害でどんな活動をしていたかというと

台風12号襲来中から現地に災害対策現地情報連絡員を派遣
TEC-FORCE派遣
被災状況調査
自治体の運営支援
照明車や排水ポンプ車など災害対策用機械の設置
道路が寸断されていたため全国に8基ある災害対策ヘリコプターのうち7基を集結
衛星通信車を設置
自衛隊とともに支援物資の搬入

国の組織だからできること
地方自治体で対応できないところを頑張るのが国の組織です。


発生当初から何度もニュースに上がり、
土砂ダムとかいうヘンテコな造語までてきて
一気に知名度が上がってしまった天然ダムこと河道閉塞。
それぞれの堰止湖の大きさと規模がよくわかる航空写真。


そして驚愕の映像。
国土交通省のCCTVカメラがとらえていた輪中堤を乗り越える水。

このCCTVカメラのある場所には集落を守るために陸閘が設けられていたのですが
それを締め切ったにもかかわらず上を水が超えているのです。

これが既往最大の降雨のリアルタイム映像なのです。
背筋が寒くなります。


更に、陸閘だけではなく、堤防をも水は越えてきました。
堤内に入ってしまった水は川の水位が下がっても容易には退きません。
排水ポンプ車が頑張らねばなりません。

ダムが頑張っても堤防が頑張っても
どうにもならない災害というものはあるのです。

その時にインフラができること。

それはお住まいの人が安全な場所に逃げる時間を作ることと
被害をできる限り小さく抑えることです。

ここで休憩時間になりました。
ノートを見るとブチブチのなぐり書きになっていて
自分に駄目出し。


10分の休憩、終了。
気合い入れなおし。


「土砂災害と河道閉塞」
鈴木 素之(山口大学)
阪口 和之(アジア航測)
北田 奈緒子(地域地盤環境研究所)
太田 英将(太田ジオリサーチ)

こちらの発表は土木学会でwebにpdfが上がっていたので予習ができました。
土木学会平成23 年台風12 号土砂災害調査報告書

でも、実際に説明を受けながら聞くとわかりやすさが桁違いです。

尾根と谷の長さとか
どちら側の斜面が崩壊しやすいかとか
地盤がどんな岩だと崩れやすいかとか
吃驚するような知らなかったこといっぱいお聞きできてインパクト大!!特大!!

すごく勉強になりました。
専門家の方のお話って本当に面白い。



京都大学 防災研究所の竹林先生から
「河川災害」

トップスライドには那智黒の背景が使われていました。
甘♪甘♪

被災地域の地元の方にインタビューして現地の方の証言をもとに調査された内容でした。

当日、どのような水の流れが生じてどのような被害が出たのか。
現地の方の声を聞くと吃驚するような話が次々と。

越水するから避難しようとした時に街灯がついていたとか
(海外の災害事例ではこれで感電が多数出たこともあるそうです)
樋門に異物が挟まって完全に閉鎖できなかったとか
橋に流木などが引っ掛かって迂回流が発生した場所があったこと
水道が断水しても地域の地下水が確保されていた事例から
ライフラインの多肢化は必要であるということ
当日は川の中にも交互流れというものが生じていた可能性
河口砂州があるかないかで河川水位は大きく変わる
今回は大量の降雨で河口砂州がフラッシュされていたので
この地点における水位上昇との関係はなかったと予測される

今回は橋が落ちた場所もあり流出した線路もありました。

ここに起きた災害はどういうメカニズムで起きたのかを知ることは
今後の復旧計画にとても重要なポイントです。



そしてそして最後に
京都大学 防災研究所の角先生から
「ダム操作(多目的ダム、利水ダム)」

ダム愛好家としてこのお話は絶対に聞いておきたいと待ちに待ったお話。


昭和28年に起きた主な水害です。

この年に西日本各地では大水害が頻発しました。
これを受けて洪水対策として
筑後川水系ダム計画、和歌山県ダム計画、淀川水系ダム計画が立ちあげられます。

そして和歌山県がこのときの水害を防ぐためにと作ったダムの一つが
日高川にある椿山ダムです。

6門のクレストゲート
5門のコンジットゲート

昭和28年の水害と同規模の水害に立ち向かえるようにと
これだけの装備を備えた椿山ダム。

しかし

既往最大の台風12号の連続降雨の前に
洪水調節容量を使い切り但し書き操作に移行せざるを得ませんでした。


人的被害が少なかったということで全国ニュースにはあまり出てこなかった日高川。
しかしその被害は和歌山県内でも最大級のものでした。
人的被害が少なかった理由。
それは地域の方の防災意識の高さと、今までコツコツと続けられてきたインフラ整備があったためです。


どれだけの水が押し寄せたのか
どれだけの流木が押し寄せたのか
椿山ダムに会いに行って
下流の堰堤の破損を見て
下流の被災した道路を見て
被害を受けた家屋や工場を見て
そしてこのクレストゲートを見て
悲しくて涙がぽろぽろ出てきました。


ダム管理側にも今後の課題があります。
降雨予測の精度がさらに上がれば難しい降雨にも対応できるようになるかもしれません。
でも
下流にお住まいの方にダムの仕事を正しく知ってもらうことも課題です。
ダムがあるから大雨があっても大丈夫でしょう、と、言われたら
ダムとしては辛いことこの上ないのです。


そして今回の台風12号で注目が集まった利水ダムのお話に進みます。

これは利水ダムの洪水時の操作方法の模式図です。

「利水ダムは洪水調節を行わない」
ということは自分はレポートで何度も書いているのですが
建設省河川局通達 建河発 第178号の第一類ダムの遅らせ操作(遅れ操作)を
洪水調節だと思っている人がいらっしゃること
特例防災操作で過去にあった洪水調節への発電ダムの協力を
利水ダムの通常操作であると認識している人がいらっしゃること
は心配の種でもあります。

実際、この台風12号の紀伊半島水害の後、利水ダムが洪水調節に協力しなかったからだ
という批判の声がwebにもあがっており、それらの根拠にこの間違った認識をもった人の文章が
引用されていたことで心配は格段に大きくなりました。

関西ではNHK大阪が報道番組で利水ダムの洪水時の操作について
よくわかる特集を組んでくれたのでこれをご覧いただいた方には
利水ダムが洪水調節を行わないということは分かってもらえたかなという思いもありましたが
全国的にはまだまだ利水ダムが洪水調節を行わないということは認識してもらっていないように思います。

また、電源開発様の一部のダムでは自社の損益になるにもかかわらず
ダムの水位を下げるという目標水位を定めているところまであるのですが
これらについて、報道はとても少ないのです。
こういうところにマスコミの偏向報道を垣間見る気がします。


これは国土交通省の猿谷ダムの総流入量グラフです。

先に出た別のダム総流入量のグラフと同じく長い時間に大量の流入が延々と続いたことが分かります。


猿谷ダムのハイドログラフです。
驚異的な水量と二山ピーク。
頑張ったのです。
ダムにできることを全部しようと頑張ったのです。
それがこのハイドログラフから見てとれます。

しかし
猿谷ダムにはクレストゲートしかありませんでした。
コンジットゲートがあったらこのハイドログラフは全く違ったものになったはずなのです。


利水ダムの目的である水をためること。
それを大きく阻害しない範囲での予備放流の必要性(精緻な降雨予測に基づく)。
そしてダム改造の必要性を角先生が教えてくださいます。


クレストゲートしかないダムと
クレストゲート+コンジットゲートを持つダムでは放流能力が大きく変わるのです。

こう言うと「数が増えたら出る量が多くなる。ダムを守るためにたくさんゲートをつけるんだろう」
と、考えてしまうダム嫌いの人が少なからずいるということを知りました。

全く違うんです。
コンジットゲート(ダムによってはオリフィスゲート)は早くから洪水調節を開始できることがメリットなんです。
クレストゲートしかない場合はダム湖の水位があがってあがって
ゲートの高さまで到達しないと調節できないのです。
だからダム湖の水位が低いうちから対策を開始できるということでコンジットゲートは大切なのです。

ダム再開発の事例として鶴田ダムの再開発が紹介されました。
鶴田ダムは平成18年7月豪雨でダム管理所孤立、ライフライン途絶、通信途絶という
凄まじい状況の中、但し書き操作に移行しながらも155時間以上に及ぶ洪水調節を行ったダムです。


多目的ダムの課題
利水ダムの課題
今あるダムはどう進化していくべきか
教えてくださる内容に感動しました。


最後に6月に行われる国際大ダム会議での発表についてのお知らせ。
聞きたいけど聞きに行けたとしても英語だから自分には高嶺の花。

ということでもりもり盛りだくさんの会はほぼ定刻に閉会しました。
土木学会認定CPDプログラムってこんなに凄いんだー♪
しかも一般参加もできるってどれだけ素晴らしいんだー♪

今後もこういう大変勉強になるイベントをチェックして
しっかり勉強せねばと思った
「台風12号被害調査報告会」のレポートでした。